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日本人の物語00979【南北朝初期】四条畷の戦い 正行の最期*

正行と書いて「まさつら」と読むなんて、現代ではなかなかない名前ですよね。今なら「まさゆき」でしょうね。

 楠木正行は、上山六郎左衛門の首を見て、その鎧の高価なことに驚き、
「これは間違いなく師直であろう。長年の願いを遂に果たしたぞ」
と言って、首を宙に投げては受け取るように手玉にして喜びました。人の首の扱いとしていかがなものかと思いますが、『太平記』にそう書かれています。
 弟の正時が走り寄ってきて、
「兄上。せっかくの首が傷つきます。旗の先端に着けて敵味方に見せましょう」
と言って、太刀の切っ先に突き立てて皆に見せると、ある者が
「これは師直ではない。上山六郎左衛門の首だ」
と言い、楠木軍は皆がっかりしました。
「では師直はどこだ」
と遠くを見ると、旗の近くにいかにも大将らしい武士が見えます。楠木軍は
「あれこそ師直だ。討ってかかるぞ」
などと話し合いましたが、和田正朝(わだまさとも:?~1348)が
「待て、敵は馬に乗っており、我々は徒歩だ。追えばきっと逃げられてしまう。むしろ我々が退却するふりをすれば、敵は勝ったと思って追いかけて来るはずだ。そこを討ち取るのはどうだろう」
と述べ、兵たちは口々に、
「それは名案だ」
と賛成しました。
 さて、楠木軍は退却を始めますが、師直はなかなか賢く、これが偽装であることを見抜いて、少しも追跡しようとしません。この偽装の退却に騙され、深追いしようとしたのは高播磨守(こうのはりまのかみ)だけでした。高播磨守というのは師直の親戚筋でしょうが、実名は不明です。
 高播磨守の軍が近づくと、楠木軍は突然退却をやめて反転して襲い掛かり、50名以上をあっという間に討っていきました。
 楠木軍が反転し、再び師直に近づいてきました。楠木軍の兵たちは我先にと飛び出していきます。そこに、師直軍の須々木四郎(すずきしろう)という弓の使い手が次々と矢を繰り出して来ました。
 楠木正時は眉間と喉を射られ、正行は左右の膝と右の頬、左の目尻を射られ、どちらも動けなくなりました。もはやこれまで、と覚悟した楠木兄弟は互いに刺し違えて自害し、南朝方のニューリーダー、楠木正行は遂に果てたのでした。何となく楠木正成・正季兄弟の死に様に似ていますね。

湊川神社に参拝した翌日、ふと思い立って訪れた四條畷神社。2025年8月11日撮影。
境内にはこんなキャッチーな楠木三兄弟の解説があった。2025年8月11日撮影。

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