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日本人の物語00103【人代前期】エウカシとオトウカシ

 八咫烏に導かれ、イワレビコは、
・阿陀(奈良県五條市)
・吉野(奈良県吉野町)
・宇陀(奈良県宇陀市)
の順に進みました。この宇陀で一悶着起こります。
 宇陀には、エウカシ(兄宇迦斯)とオトウカシ(弟宇迦斯)という兄弟が住んでいました。名前そのものに兄と弟という文字が入っていて分かりやすいですね。
 イワレビコは、まず八咫烏を遣わして
「今から天つ神の御子がいらっしゃるが、お仕えしませんか」
と尋ねさせました。しかしエウカシは、矢で八咫烏を追い返してしまいます。
 さらにエウカシとオトウカシは、イワレビコを討つために兵を集め始めます。しかし十分な兵を集められなかったため、やむなく作戦を変更することにしました。イワレビコに仕えるふりをして、大きな宮殿を造ってそこにイワレビコを招き入れ、あらかじめ作っておいた罠でイワレビコを殺してしまおうというのです。吊り天井のような罠だったと考えられます。
 ところがオトウカシがエウカシを見限ります。オトウカシはこっそりとイワレビコに会いに行き、「兄がこのような罠を仕掛けております」と白状しました。
 B.C.663年8月2日。イワレビコの配下の者たちはエウカシを呼び出し、太刀と弓矢で強迫し、エウカシを宮殿に追い入れました。エウカシは自らの作った罠にかかって死にました。
 古事記はここで、
「エウカシの死体を引きずり出して切り刻んだ」
と述べています。何もそこまでしなくても……と思うのですが、敵の復活を恐れての行為なのかもしれません。
 さて、八咫烏のおかげでイワレビコは無事に進軍を続けることができたわけですが、そのためか、奈良県宇陀市には八咫烏を祀る八咫烏神社があります。
 続いて、9月5日、イワレビコは忍坂(おしさか:奈良県桜井市)に到着します。そこにもまた新たな敵がいました。土蜘蛛のヤソタケル(八十健)です。
 「土蜘蛛」とは、天皇に従わない者たちを指す蔑称です。「ヤソタケル」とは、大きい数を表す「八十」と、勇猛な男を表す「健」からなる言葉ですので、一人の人間の名前ではなく、大勢の男たちを表す言葉なのかもしれません。
 イワレビコがヤソタケルと戦った方法というのが、非常に卑怯なものです。10月1日、イワレビコは調理人を用意して、ヤソタケルにご馳走を運ばせます。そして合図とともに調理人たちが一斉にヤソタケルに襲い掛かったのです。こうしてイワレビコはヤソタケルを倒したのでした。

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