日本人の物語00204【飛鳥】飛鳥時代総括
最後に飛鳥時代を総括しておきましょう。飛鳥時代とは、推古天皇が即位した崇峻天皇5(592)年から平城京が遷都された和銅3(710)年までの118年間をいうのでしたね。
推古天皇が即位したのは、蘇我馬子の指名によるものでした。推古・舒明・皇極の3代の天皇は、いずれも蘇我氏が人事権を握る蘇我氏の政権でした。天皇の権限は蘇我氏によって強く制限されていたのです。こうした蘇我氏に権力が集中した状況から脱却するべく、中大兄皇子が乙巳の変を起こします。蘇我蝦夷・入鹿を殺害し、天皇に権限を集中させたのでした。
しかし中大兄皇子は反対勢力を次々粛清する恐怖政治を行った上、白村江の戦いでの敗戦など外交政策に失敗し、豪族の不満を溜める結果となりました。中大兄皇子(天智天皇)の死後、その不満が一挙に爆発することとなります。
天智天皇の後継者たる大友皇子(弘文天皇)に対して豪族たちは反旗を翻し、大海人皇子を支持したのです。この両軍が武力衝突したのが壬申の乱でした。
壬申の乱に勝利し、天皇に即位した大海人皇子(天武天皇)は、行き過ぎた改革を揺り戻しつつ、豪族たちの利権に手を触れない範囲で、唐をならった国作りに力を注ぎます。天武天皇とその妻・持統天皇によって、日本という国号、藤原京という首都機能を持った都、大宝律令という法律が完成します。
してみると、天智天皇と天武・持統天皇とは、対立しながらもその目的は一致していたといえます。天智天皇が周囲の反対を押し切って改革を進めたのに対し、天武・持統天皇はその失敗から学び、一定程度の妥協をしつつ改革を進めたといえるでしょう。
そういえば、持統天皇もまた大津皇子を謀略によって葬り、自らの血を引く男子を皇位に就かせようと計った人物であり、天智天皇と同様の独裁者の資質を持った政治家でした。悪役として名を馳せた人物ながら、里中満智子の漫画『天上の虹』で取り上げられたことで女性ファンが増えたようですね。
『天上の虹』では、「有間皇子は天智天皇の謀略で殺された。しかし、大津皇子は本当に謀反を企てていたものであり、持統天皇の謀略ではない」と解釈されています。主役を良く描くための脚色なのでしょうが、少々演出が過ぎるようにも思われました。
このように、飛鳥時代には「乱世の英雄」とでも言うべき人物が次々登場するのですが、大河ドラマなどで取り上げられることがなかなかありません。かつて、『聖徳太子』『大化改新』という2つの単発ドラマが放映されたのと、天智・天武を主人公とした舞台演劇が上演された程度です。大化の改新、白村江の戦い、壬申の乱という3つの大事件を描けば見せどころも十分だと思うのですが。
どうやら放送局からタブー視されているわけでも何でもなく、単に時代考証や衣装の発注が大変だからという理由でドラマ化が避けられているようです。いつか飛鳥時代を舞台にしたドラマが見られるといいなと思います。
