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日本人の物語00101【人代前期】神武東征

 今回からは、ウガヤフキアエズの4人の子のうち、長男イツセと四男イワレビコの物語が始まります。イワレビコが後の神武天皇です。以後、日本書紀に記された年代を西暦に換算したものを使いますが、全く信頼できない数字ですので、あまり気にせずにお読みください。
 兄弟は高千穂宮で育ちましたが、B.C.667年、イワレビコが
「どこへ行けば平和に世を治められるのでしょうか。東へ行ってみませんか」
と提案しました。これを受けて10月15日、兄弟は日向(宮崎県)を出発し、まずは筑紫(福岡県)に向かいました。これは天孫降臨から179万2470年後のことだそうです。
 B.C.666年に吉備(岡山県)に至り、B.C.663年4月9日、さらに東進して青雲の白肩津(大阪湾沿岸)で上陸しようとしたところ、ナガスネビコ(長髄彦)という男が軍を率いて待ち構えていました。天つ神を快く思わない勢力です。両軍は戦いとなりました。
 このときの戦いで、イツセが敵の矢に当たって負傷してしまいます。イツセは
「我々は日の御子であるにもかかわらず、日に向かって戦ってしまったのが敗因だった。回り込んで日を背にして戦おう」
と提案します。こうして2人は方針を転換し、大阪湾から上陸するのではなく、南に回りこんで紀伊(和歌山県)から上陸し、北上することにしました。しかし北上の途中の5月8日、イツセは傷が悪化して死んでしまったのです。
 さて、イワレビコは兄を弔った後、さらに回り込んで熊野(和歌山県新宮市)に到着しました。6月23日、そこで不思議な現象に遭遇します。なんと、一行の前に巨大な熊が現れたのです。
 どのくらい大きいのか、古事記では「大熊」としか書かれておらず、よく分からないのですが、私の持っている『まんがで読む古事記』(青林堂)や『まんが古事記シリーズ』(全国神社保育団体連合会)などでは、ウルトラマンくらいのサイズの熊が現れています。そのレベルの大きさと想像すると良いでしょう。
 その熊は現れたかと思うと、すぐに消えてしまいました。すると不思議なことに、イワレビコを始め、一行は次々と病に倒れてしまったのです。巨大な熊は何らかの魔力を持っていたのでしょう。
 困った一行のもとへ、熊野のタカクラジ(高倉下)と名乗る男がやって来ました。タカクラジが持参した太刀をイワレビコが受け取ると、なんと一行はみんな息を吹き返し、病が治ったのです。
 タカクラジに、
「これはどういう太刀なのか」
と尋ねてみると、タカクラジは不思議な話を語り始めました。

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