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日本人の物語01090【南北朝中期】新田義興謀殺 小少将の死

小少将の話は小説家の創作意欲をくすぐりそうな話ですね。

 畠山国清から重い処分を受けた竹澤右京亮は謝罪もせず、
「なんと大袈裟なことだ。納得がいかぬ」
と愚痴を吐きながら自分の領地へ帰っていきます。
 数日後、竹澤は密かに新田義興に使者を送り、
「先年、武蔵野の合戦でお味方していた竹澤をお忘れではないでしょう。その後、世の中が様々に転変し、やむなく畠山の陣に加わっておりましたが、大した罪とも思えないことで領地をあえなく没収されました。現在は深山幽谷に隠れているような有様です。もしこれまでの不義理をお許しいただけるならば、再びお傍にお仕えできないでしょうか」
と丁寧に申し入れました。
 義興は当初、どうも真実味がないということで会おうともしませんでしたが、さらに竹澤は小少将(こじょうしょう)という美しい女官を自らの養女としてもらい受け、義興に送りました。
 義興は元々好色家だったため、この小少将に身の回りの世話をさせ、ついつい用心も緩んで竹澤に会ってしまいます。
 竹澤はさらに馬や鎧を献上して機嫌をとり、半年間も義興に仕え続けました。義興はすっかり気を許して、竹澤に味方の人数や配置など、機密を残らず話してしまいます。
 正平13/延文3(1358)年9月13日夜。いよいよ竹澤は計画を実行に移そうと、義興を宴の席に呼び寄せます。郎党200人をあらかじめ潜ませておいて、酒を飲ませて酔ったところを襲う計画です。
 竹澤からの誘いを受けて、義興は喜んで出かけようとしたのですが、小少将から手紙が届きます。
「昨夜、夢の中であなたさまに危害が及ぶとの予言がありました。七日間は外出してはいけません」
というのです。これを受け取った義興は、風邪気味だといって誘いを断ることとしました。
 竹澤は腹を立てて
「小少将のやつ、きっと私の企てを推測していたのだろう。生かしてはおけぬ」
と、小少将を呼び出して刺し殺し、堀の中へ沈めてしまいました。
 小少将は竹澤に雇われていながら、義興の暗殺計画については知らされていなかったのでしょうか。はたまた、計画を知って協力していたのに、途中で義興に情が移ったのでしょうか。いずれにせよ、利用された挙句に使い捨てにされたわけで、ひどく哀れな最期です。

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