日本人の物語01405【信広渡海】信広渡海概観
北海道の話をしますよと予告しておいて、本チャプターの最初らへんは青森の話が多めです。
アイヌが蝦夷ヶ島で他国の侵略や経済進出を受けずに暮らしていられたのは13世紀まででした。13世紀からは
・元(モンゴル)による樺太への攻撃
・日本人(和人)による渡島半島への経済進出
が始まり、アイヌも徐々に国際秩序の中に組み入れられていくことになります。
とはいえ、アイヌは文字を持たない文化でしたので、この時期についてアイヌ側から描いた歴史書は存在しません。元の歴史書、その後は蝦夷ヶ島に進出した安藤氏(安東氏)と蠣崎(かきざき)氏の古文書を読み解いていくこととなります。特に重要な人物は、
・武田信広改め蠣崎信広
・安藤政季
の2人です。
蠣崎氏は、「武田氏→蠣崎氏→松前氏」と苗字を二度変えた一族であり、最終的には江戸幕府下において松前藩の藩主として蝦夷ヶ島を管轄した重要な家柄です。その出自については、松前氏の公式歴史書『新羅之記録』に詳しく書かれています。江戸時代の多くの大名がそうしていたように、家柄を良く見せるため武田氏の系図を捏造した可能性が多分にありますが、とりあえずは公式記録に沿って解説していきます。
一方、安藤氏(安東氏)は現在の青森県と秋田県に土着した一族であり、結局は蝦夷ヶ島には根付かなかったのですが、蠣崎氏が蝦夷ヶ島に住み着くきっかけを作った重要な一族です。また、十三湊(とさみなと:青森県五所川原市:現在の十三湖)を中心に中継貿易で大いに栄え、物流史を語る上でも重要です。蝦夷史の範囲から多少飛び出してしまいますが、ここで詳しく取り上げておきたいと思います。
蠣崎氏・安藤氏の共通の敵として登場するのが青森県東部と岩手県を本拠地とする南部氏です。南部氏自体の歴史はさすがに蝦夷史の範囲外なので、必要最小限に触れるに留めたいと思います。(今後、本州の歴史で詳しく触れます。)
また、アイヌ側の人物で重要なのが武田・安藤らと戦った酋長・コシャマインです。
・室町時代に乱を起こしたコシャマイン
・江戸時代に乱を起こしたシャクシャイン
は名前が似ていることもあってよく混同されますが、本章ではコシャマインと武田信広の戦いを詳しく見ていきます。
松前氏といえば、今年の大河『べらぼう』に松前藩主の松前道広が登場していますね。松前藩の人物が大河に登場するのは初めてだったかもしれません。
