見出し画像

日本人の物語00451【平安末期】滝口競と名馬「煖延」

 頼政が裏切ったことを知った宗盛は激怒しますが、頼政は既に自邸を焼き払って園城寺に向けて出発した後でした。しかし、頼政の家臣の中で特に優秀と知られた滝口競(たきぐちのきそう)が未だ都にとどまっていると知った宗盛は、競を呼びつけました。
 宗盛が競に
「なぜ頼政に従わなかったのか」
と尋ねたところ、競は
「朝敵となった方になぜ味方できましょうか」
と答えます。この答えに満足した宗盛は、
「それなら私に仕えてはどうか。十分な待遇で迎えるぞ」
と提案しました。競はこれに即座に応じ、
「私には自慢の馬がおりましたが、奪われてしまいました。園城寺を攻撃するために馬を一頭いただけませんか」
と所望します。宗盛が
「わけもないことだ」
と言って、平家の誇る名馬・煖延(なんりょう)を引いて来させて、これに良い鞍をつけて競に与えました。秘蔵の馬を与えるとは、予想外の大サービスです。滝口競の評判を前々から知っていて、以前より用いたいと思っていたのでしょう。
 競は感激して
「この馬でもって必ずや良い働きをしてご覧にいれます。明日にでも園城寺に攻め入りましょう」
と言って、一旦自宅に帰っていきました。
 翌朝、事件は起こりました。滝口競がいないというのです。宗盛は必死に探させますが、なんと園城寺に行って反乱軍に参加したということが判明しました。競は最初から、宗盛を騙すつもりだったのです。
 しばらくして、名馬・煖延が戻ってきました。見ると、たてがみも尾の毛も切られ、体には「宗盛」という焼き印が押してありました。競は主・仲綱の仇を討ったのでした。
 宗盛は、
「園城寺に討ち入ったときは、まず滝口競を生け捕りにせよ。鋸で首を斬ってやる」
と怒り狂いました。
 それにしても、木の下にせよ、煖延にせよ、馬が一番かわいそうですね。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集