日本人の物語00133【人代後期】18代反正天皇
反正天皇元(406)年1月2日。瑞歯別皇子が即位し、反正天皇となります。これまで、仲哀天皇を除いて全て先代の子が即位していたのに、今回は先代の弟が即位したわけですね。
この頃から、父子継承ではなく兄弟継承が増えていくことになります。
さて、反正天皇については、即位後の事績が一切書かれていません。即位前は刺領巾を使って住吉仲皇子を倒すという重要エピソードがあり、その中でひどい手段を使いまくって非常にキャラが経っていたのですが、奇妙なことに即位後は何も仕事をしていないのです。
即位後の話としては
・柴垣宮(大阪府松原市)で政務を執り行った
・身長が9尺2寸半(約180cm)あった
・歯の大きさは一寸(1.9cm)あった
・歯の上下が等しく整い、きれいだった
・子が4人いた
ということしか書かれていません。
歯並びの良さがことさら伝えられるというのはすごいですね。そんな歴史への名の残し方をしてみたいものです。思えば「瑞歯別」という名前も、「歯が瑞々しい」という意味でしょうか。当時はまだ、歯が上下等しくそろっている人は珍しかったのでしょう。
歯の大きさが1.9cmというのは大きすぎて不自然ですが、身長180cmというのはあり得ないとはいえませんね。
この時代、今よりも平均身長はかなり低いのですが、古墳から出土する人骨はだいぶ高いのです。天皇、皇族など支配者階級は平民よりも背が高い人たちばかりが世襲していったと考えられています。
さて、反正天皇がいたという柴垣宮は現在の大阪府松原市ですが、ここに柴籬(しばがき)神社という社があります。その主祭神は反正天皇です。
柴籬神社では、歯並びが良かったという反正天皇にあやかって、年に一回「歯神社祭」が開催されています。歯を祀っているという一風変わった慣習があるのは、全国でもここだけではないでしょうか。この祭りは、松原市歯科医師会の後援で行われています。
どの神、どの天皇も日本のどこかで祀られているものだなあ、と感心してしまいます。
反正天皇5(410)年1月23日に反正天皇は崩御しました。僅か4年間の治世でした。これまた短い在位期間ですね。
