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過ちの代償 其の拾壱


四日目

アパートに着くなり、裕太は部屋の隅に雑然と置かれた段ボールを漁り始めた。引っ越してこの方連日の霊障に悩まされ続けたため、荷解きもそこそこに放置したままになっていたのだ。
女は先日視た時と変わらずベッドの脇に俯いている。今のところ大きな動きを見せることもなさそうだ。女の放つ妖気に鳥肌を立てながら、怜も裕太とともに壷を探す。程なく

「あった、これじゃないですか?」

という裕太の声がした。そちらを見ると手に湯呑みほどの大きさの壷を持っている。

「それそれ、それです!」

怜は裕太から壷を受け取るとしげしげと眺めた。
白い陶器でできた、何と言うこともない壷だ。ただし、その口には呪文の書かれた札が貼られている。伊邪那美流のものとはやや異なるようだが、陰陽道の形式に則った呪法のようだ。その呪符が、引っ越しの際に手荒く扱われたのか破れてしまっていた。
そのために、これまで封じられていた彼女の呪詛が再び力を持ってしてしまったのだと考えれば筋が通る。
怜は壷の蓋を開け、中身を確認しようと覗き込んだ。が、壷の口が小さくて何が入っているのかよく分からない。壷を逆さまにして一振り二振りすると、中から折りたたまれた紙切れが姿を覗かせた。指で摘んで壷口から引き出し、赤茶けた紙切れを開く。どうやら人間の形を模して切り抜かれた人形ひとがたのようだ。赤茶色の染みが点々と散らばった人形の中央には「竹下 博」の名が記されている。その紙の中に、何やら赤黒い小さな塊が包まれていた。よくよく観察すると、どうも人間の爪──それも、指から直に剥がしたと思しき、肉片のこびりついた生爪──の干乾びたもののようだった。

「うわっ……なんだこりゃ。」
それを見ていた裕太が思わず声を上げる。

「……そういうことか、やっと分かった。竹下さんがどうやって彼女の呪詛を防いだのか。」
一方の怜は腑に落ちた様子で独り言ちた。

「どういう事ですか?」
裕太が尋ねる。

「ずっと気になっていたんです。実は竹下さん、裕太さんの守護霊として今もあなたの隣に“居る”んです。」
「……は!?マジですか?」
「はい。でも、彼が彼女の呪詛のターゲットだとすれば、あなたの守護霊になって今そこに居る事はできないはずなんです。呪詛を掛けられて命を落とした人間の霊魂は地獄を彷徨うはずですから……。」
「そ、そうなんですか……。」
「恐らく竹下さんは彼女の呪詛に気付き、力のある霊能者に依頼して、呪詛をこの壷に封じて貰ったのだと思います。自身の身代わりとして形代かたしろを作り、念には念を……と、自身の身体の一部も添えて。」
「はぁ〜。そんな壷を食器棚に置いておいたのか、婆ちゃんは!」
「あははっ。」

笑っている場合ではないが、呪詛を返すことは出来なくても封じることはできるという事だ。ならば怜にもできるかもしれない。
ひとまず、一歩前進した。

節子

十一

「く、うううぅ……。」
激しい陣痛に耐えかねて、節子の表情が苦痛に歪んだ。

──……わたしの分身が、子宮から今まさに生まれ出んとしているのを感じる。自らに課された使命を遂行するために。

……あと少し。

腹の中の塊が、波打つような強い痛みに押されながら、少しずつ産道へと降りてくるのを感じ取り、節子は力を込めていきんだ。
股の間から、血液の混ざった羊水とともに、ずるり、と生暖かいものが頭を覗かせた。
再び三度みたびいきんでそれを出し切ると、節子はまだ臍の緒で繋がったままのそれを手に取り、頬を擦り寄せた。

「一緒に頑張りましょうね……。」

後産を終え、用意しておいた鋏で臍の緒を切ると、節子は赤ん坊を産湯につけて血の穢れを洗い落とした。赤ん坊は逞しい産声を上げている。
流石に体力の消耗が激しい。暫く休憩しよう。
節子は無造作に赤ん坊を自らの胸に引き寄せると、深い眠りに落ちた。

✻ ✻ ✻

どれほどの時が経ったのか、節子は赤ん坊の泣き声で目を覚ました。
そうだ、わたしはこの子──“わたし”──を生んだのだった。これでようやくわたしの成すべきことを始める準備が整った。まずは一人目……勇にかける呪詛の用意を整えなくてはならない。
節子は徐ろに身を起こし服を着替えると、泣き叫ぶ赤ん坊をおくるみに包んで左手に抱え、右手にスコップを持ち自宅を後にした。

✻ ✻ ✻

K県K市の路上で小松勇の変死体が発見されたのは、それから一週間ほど後の事だった。
同日、K市のアパートの一室で二十代と見られる女性が腹部から血を流し死亡しているのが発見された。
県警は事件と事故の両面から捜査を始めたようだが、さほど珍しくもない小さな事件は暫くの間地元の新聞を賑わすと、やがて紙面から消え去った。
地元の住民も滅多に足を踏み入れない山林で、生まれて間もない乳児と思しき白骨が発見されたのは、それから更に二年の時が経過してからであった。

つづく


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