血のやうに、赤く咲く花 2
ふときづけば、秋吉は子供の頃によく遊んでいた、村の外れの神社にいた。
「ここは?神社…。これは?…夢か?」
夢の中だと分かっているようで、神殿の裏にある森の曖昧な景色に戸惑いながら、ただそこにいる事しか出来なかった。
カサカサっと音がして、すぐそこに誰かがいるとわかった。
秋吉は何故か、見つかってはいけないような気がして、長く伸びた草に身を隠したが、なんの音なのか確かめたくなり、そっとその草を掻き分けると、すぐそこにあの恐ろしい女が誰かの墓の脇の曼珠沙華を手折っているのが目に入った。
はっ!と息を飲む音を手で口を覆って堪えた。
赤く美しい花がまるで惨劇があったかのような血のように地面を染めている。
その赤の中で白い横顔は汗ばんでいて、後れ毛が頬や首筋に張り付いて亀裂のような線をなしていた。
だけど、乱れて浮いた襟元や、帯の細い腰が艶かしい。
秋吉が思わず生唾を飲み込んだその時、女の目だけがこちらを向き正面を向いたままニタリと笑った。
秋吉はまた、はっと息をのみ、唐突に目が覚めた。
天井を見上げたまま、「はぁ、はぁ、」と悶え汗をかいていた。
しばらく何が起きたのか息を整えながら考えた。
周りを見るといつもと変わらない静まった部屋に小さな寝息が重なっている。
「…夢か」
次第に落ち着きを取り戻すと喉が渇いてきた。
そっと布団を抜け出し、土間に降りると、水を飲み、そのまま頭からかぶった。
やけに暑く、汗が引くまで外に出た。
まだ星のある空の下、冷たい空気が心地よい。
「あの女はだれや。恐ろしい女。」
「…でも… 恐ろしいが、美しかった。」
秋吉はその日から夜になるとあの夢にに魘されるようになった。
毎晩のようにあの神社に行き、女の様子を盗み見て女がこちらを向くと目が覚めた。
何度見ても女の顔はよくわからない。
ニタリと笑った口元が恐ろしく裂けたように大きく、思い出しては身震いした。
だけど知った女のような気もしてきた。
日に日に体がだるく、畑仕事も筵を打つのもやっとだった。
ある晩、秋吉は横になりながら、微かにあの夢を見るのが楽しみになっている自分に気づいた。
もう少しであの女が誰なのか分かりそうな、自分の内側で何かが変わり始めているような気もする。
「あの女が笑った時、起きらんやったどうなるやろ?」
わずかに好奇心も芽生えていた。
ブツブツと独り言を小さく口走りながら寝床につく秋吉の背中ごしに母親が
「秋吉…あんた…」
と何かを言いかけたが、何も言わずそっと布団をかけてくれた。
秋吉は直ぐに眠りに落ちた。
そして、いつものように、あの神社にいた。
ここから草をかき分けた所にあの女がいて、曼珠沙華を手折っている。
迷いもなく、そっと掻き分けて覗くと、そこには誰もおらず、すでに手折られた赤い血のような花だけが散らばっていた。
「え?」
思わず草陰から飛び出して、あたりを見回すが、女の姿はどこにもなかった。
「…あの女は?」
探しながら一つ、手折られた曼珠沙華を拾い上げると、いつも女がしゃがみこんでいる苔の蒸した小さな墓石が目に入った。
「これは…」
その瞬間、秋吉の耳元で
「坊ちゃん…」
と声がした。
秋吉はぞわぞわと毛が逆立ち、真後ろにいる、ただならぬ気配にぎゅっと体を硬くした。
「また…夢か…」
息を切らしながら、ふらふらと体を起こすと、
針仕事をしながら子守唄を歌う母が目に入った。
「ごんしゃん、ごんしゃん、どこへゆく…
赤いお墓のひがんばな、ひがんばな…
今日も手折りにきたわいな…」
「…母ちゃん…?」
「秋吉… あんた、またあの女に会うてきたろ?」
「え?」
「もう、あの女のところに行ったらでけんよ」
「…なんの…」
「坊ちゃん…」
手をとめずにそう呟く母親の顔はいつもの菩薩ではなく、どこか、あの女のような歪な美しさが滲んでいた。
「ひぃぃ!!」
秋吉は居ても立ってもいられなくなり、家を飛び出した。
背後から母親の「秋吉!行ったらでけん!」と切ない金切り声が追いかけてくる。
裸足のままどこへ向かうでもなく秋吉は走った。
いつも水汲みをしている小川まで来たとき、足の裏に激痛を感じ、「あ!」と思った瞬間には地面に這いつくばっていた。
顎も膝も見事に擦りむいて血が滲んでいた。
「どげんなっとると…」
ずっと堪えていたいろんなものが溢れて、嗚咽しながら泣いた。
体中あちこち痛い。辛い。悲しい。怖い。
もう、全部が溢れた。
「秋吉…秋吉!」
やっと追いついた母親が秋吉の側に転げるように駆け寄って抱きしめた。
「母ちゃん…俺、狂っとるとやろか…」
16歳にもなって母にすがって泣くのは恥ずかしい気もしたが、もう、今はそうするしか方法がわからなかった。
「秋吉、ごめん、ごめんやったね。 母ちゃんが悪かと…」
母親も泣きながら秋吉の涙をぬぐった。
「全部話して聞かせるけん、もう、絶対、あの女のところには行かんでくれ」
そう言って、母は秋吉の手を取り立ち上がらせると、二人で家に歩いた。
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