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足りないものがあるなら、自分たちでそれをつくればいい

日本の創薬に足りないのは、才能でも技術でもない。
それらが共有され、個と個が交わり、次の可能性が生まれる。
そんな機会と場ではないか

いつもJapan Pharmaceutical & BioScience Society (Japan PBSS) を温かくご支援いただき、ありがとうございます。
代表理事・Chairの上村です。リレー企画の初回として、Japan PBSSを立ち上げた"原点"を書かせてください。

数年前、米国西海岸に駐在していた頃、現地でPBSSのイベントに参加しました。多様な専門性・疾患・モダリティにわたる実務の学びがあり、ランチやディナー、ネットワーキングを通じて所属を越えたつながりが生まれる。この場の心地よさと有用さが、いまのJapan PBSSの出発点になっています。この体験は、以前AnswersNewsのインタビューでも取り上げていただきました。日本にも類似の団体はありますが、創薬の"実務"を共有し、つながる場はまだ限られていると感じています。

PBSS San Francisco-Bay Areaの運営メンバーと交流を深めるなかで、日本法人立ち上げの話へとつながりました。ちょうど帰国のタイミングとも重なり、「日本にもこの場をつくりたい」と動き出し、一般社団法人を設立したのが2025年7月1日。数名の構想から始まり、同じ想いを持つ仲間を募り、いまでは日本・米国の30名弱のメンバーとともに活動しています。
Japan PBSS設立からあっという間の1年でした。

なぜ新しい場をつくろうと思ったのか
日本に加え、米国や中国で働いて実感したのは、日本の人はとても勤勉で優秀だということです。海外に引けを取らないどころか、優れている部分も多い。現に日本はこれまで多くの医薬品を生み出してきました。ただ、その多くは製薬企業の中、あるいはアカデミアと製薬企業の共同研究による創薬であり、日本のアカデミア発のバイオテックから世界に届いた薬は、まだ限られています。基礎研究、創薬研究、開発、薬事、製造、事業開発、商業化、資金、知財——日本全体で創薬を進めるために必要な要素は揃っているのに、うまく噛み合っていない——そんな"惜しさ"を、私はずっと感じてきました。

では、何が足りないのか。
私は、それぞれの場所にある知見や経験が、必要としている人のところへ届きにくいことが大きいのではないかと考えています。製薬企業に蓄積された開発や事業化の知見、アカデミアにある優れた研究、バイオテックが直面する実務上の課題や対応策、投資家や支援機関が持つ視点。それらが別々の場所にあるだけでは、創薬の力にはなりきれません。知見は、人と人の間を動き、つながり、必要な場面で使われて初めて力になります。
雇用・専門性・知見・経験の流動性、スタートアップの成功・失敗事例、資金の量や投じ方、シリアルアントレプレナーの層の厚さ、マインドセットなど、米中から学ぶべき点も多いと感じます。一方で、海外のアプローチがすべて正しいとも限りません。一つひとつ冷静に見極めるべきだと考えています。

創薬は、一人ではできません。
多様な専門性を持つ人が会社を越えてつながって、初めて前に進む。人の流動性が高まるのが理想ですが、そうでなくても、目の前の業務を越えて、プロボノで知見を分かち合ったり、兼業でアカデミアやバイオテックを支えたり、新しいプロジェクトの相談に乗ったりできる。そうした関係が増えれば、日本の創薬はもっと動き出すはずです。

だからJapan PBSSは、『会社 対 会社』ではなく『個人 対 個人』でつながる場でありたい。Missionに掲げた「知の流動化を通じて、創薬を推進する」は、ここまで述べてきた問題意識をそのまま言葉にしたものです。みなで議論して決めた、私たちらしいMissionだと感じています。

設立以来、対面3回(ほかにClosed Event 1回)・オンライン1回のイベントを重ね、ありがたいことに、参加者アンケートでも前向きな声を多くいただきました。これはひとえに、演者の方々や共催・協賛の企業・団体、参加者の皆さま、そしてメンバーのおかげです。できたと感じる部分もあれば、もっとできると感じる部分もあり、これからがより一層楽しみです。

そして2030年に向けたVisionは、
日本の創薬を担う人々が世界で輝くために、知の流動を加速し、
革新と成長を生み出すプラットフォームとなること。

足りないものがあるなら、自分たちでそれをつくればいい
シンプルですが、そう信じて始めた挑戦です。

次の筆者は、同じくLeadership Memberとして構想初期からともに歩んできた加藤愛子さんにお願いします。ぜひ今後の内容もお楽しみに!