明治以降の米の価格について
明治以降の日本の稲作の歴史は、技術革新、政策、社会情勢の変化とともに、米の価格や収穫量にも大きな影響を与えてきました。以下、各時代の米価と収穫量の推移を中心に説明します。
1. 明治時代(1868年~1912年)
米価の推移
• 1873年(明治6年):地租改正により、米価は1俵(60kg)あたり約1.20円となりました。
• 1877年(明治10年):西南戦争の影響で、米価は1.34円に上昇しました。
• 1894年(明治27年):日清戦争が勃発し、米価は3.66円に達しました。
• 1904年(明治37年):日露戦争時には、米価は4.36円となりました。
収穫量の推移
• 1883年(明治16年):水稲の10アール(約1反)あたりの収量は約200~250kgでした。 
• 1906年(明治39年):耕地整理や品種改良の成果により、収量は300kgに増加しました。 
2. 大正時代(1912年~1926年)
米価の推移
• 1912年(大正元年):米価は8.32円でスタートしました。
• 1918年(大正7年):第一次世界大戦やシベリア出兵の影響で、米価は13円を超え、1919年には18.40円にまで高騰しました。 
収穫量の推移
• 1920年代:品種改良や農業技術の進歩により、10アールあたりの収量は300kgを超えるようになりました。 
3. 昭和戦前期(1926年~1945年)
米価の推移
• 1937年(昭和12年):日中戦争の影響で、米価は12.90円となりました。
• 1941年(昭和16年):太平洋戦争開戦時には、米価は16.50円に上昇しました。
収穫量の推移
• 1933年(昭和8年):10アールあたりの収量は約350kgに達しました。 
• 1945年(昭和20年):戦争の影響で農業資材や労働力が不足し、収量は200kgにまで減少しました。 
4. 昭和戦後(1945年~1989年)
米価の推移
• 1947年(昭和22年):戦後の混乱期に米価は700円に急騰しました。
• 1952年(昭和27年):3,000円に上昇しました。
• 1977年(昭和52年):17,294円に達しました。
収穫量の推移
• 1950年代:化学肥料や農薬の普及により、収量は徐々に増加しました。
• 1984年(昭和59年):10アールあたりの収量が初めて500kgを超えました。 
5. 平成・令和(1989年~現在)
米価の推移
• 1990年代以降:米の消費量減少や減反政策の影響で、米価は安定化しました。
収穫量の推移
• 1990年代以降:10アールあたりの収量は500kg前後で推移しています。 
平成から令和にかけての日本の米の相対取引価格(玄米60kgあたり)の推移を以下の表にまとめました。このデータは農林水産省が公表している資料に基づいています。
年度(年産) 価格(円)
平成25年産 14,341円
平成26年産 11,967円
平成27年産 13,175円
平成28年産 14,307円
平成29年産 15,595円
平成30年産 15,688円
令和元年産 15,716円
令和2年産 14,529円
令和3年産 12,804円
令和4年産 13,844円
令和5年産 15,247円
この表から、平成26年産の価格が11,967円と最も低く、令和元年産が15,716円と高値を記録していることがわかります。また、令和3年産では12,804円と一時的に下落しましたが、令和5年産では15,247円と再び上昇傾向にあります。
なお、令和6年産米の相対取引価格については、農林水産省の最新資料によると、令和6年12月時点での年産平均価格は23,388円と報告されています。 これは前年産と比較して大幅な上昇を示しており、近年の価格上昇傾向が続いていることが伺えます。
これらの価格変動は、天候不順による収穫量の変動や需要と供給のバランス、さらには市場の流通状況など、複数の要因が影響しています。特に、令和6年産米の価格上昇は、2023年の記録的な猛暑や水不足による収穫量の減少が主な要因とされています。 
また、消費者物価指数への影響も顕著であり、2024年8月のデータでは、うるち米の価格が前年同月比で約30%上昇したと報告されています。 このような価格上昇は、消費者の生活にも直接的な影響を及ぼしており、今後の動向が注目されます。
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