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安倍晋三とは何者だったのか

はじめに

本日7月8日は安倍晋三元首相が奈良市大和西大寺駅前で男に銃撃されて亡くなった命日である。節目の日である本日、再度安倍晋三という政治家はどんな人物だったのか改めて振り返りたい。

安倍晋三氏を語ることは、今でも難しい。支持者にとっては、彼は戦後日本を大きく動かした政治家である。短命政権が続いていた日本政治に安定を取り戻し、外交では「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、日米同盟を軸に、インド、豪州、東南アジアとの関係を広げた。米国がTPPから離脱した後も、残る11か国によるCPTPPをまとめた。政権運営、外交、安全保障の面で、戦後日本の中でも特筆すべき政治家だったことは否定しにくい。首相官邸(「第98代 安倍 晋三|歴代内閣」)によれば、安倍氏の通算在職日数は3188日であり、憲政史上最長である。[1]

一方で、反対派にとっては、安倍氏は強い不信の対象でもある。安保法制、森友学園問題、公文書改ざん、桜を見る会、旧統一教会との関係、政治資金問題。これらは今も、安倍政権をめぐる評価から切り離せない。

では、安倍晋三氏とは何者だったのか。

彼は本当に、世間で言われるような「保守政治家」だったのだろうか。あるいは、反対派が語るような「民主主義を壊した政治家」だったのだろうか。もしくは、支持者が語るような「戦後日本を救った宰相」だったのだろうか。

その答えは、そのどれも一部は正しく、しかしどれも単独では不十分だ、というものである。安倍氏を神として祀り上げることも、悪魔として罵ることも、歴史の検証ではない。

安倍晋三氏は、すでに「現在の政治家」ではない。暗殺という許されない暴力によって命を奪われ、歴史の人物になった。彼には遺族がいる。安倍昭恵氏をはじめ、突然の犯罪によって夫や家族を奪われた人たちがいる。どれほど政治的に意見が違っても、そこへの節度を欠いてはならない。同時に、亡くなったからといって、政治家としての功罪が検証不要になるわけでもない。むしろ逆である。かつて彼を支持していた側こそ、功績と問題を分けて考えなければならない。反対していた側も、怒りだけで全体を塗りつぶしてはならない。

この記事は、安倍氏を貶めるために書くのではない。祀り上げるために書くのでもない。安倍晋三という政治家が何を残し、何を変え、何を未解決のまま残したのか。支持者にも反対派にも向けて、冷静に考えるために書く。

安倍晋三を「保守政治家」とだけ見ると実像を見誤る

安倍氏は、一般には保守政治家として語られる。

それは間違いではない。憲法改正、安全保障法制、日米同盟の強化、対中抑止、男系皇統の重視、戦後レジームからの脱却。これらを見れば、安倍氏が保守政治家であったことは明らかである。

しかし、安倍氏を「保守政治家」とだけ見ると、実像を取り逃がす。

彼は、女性活躍、働き方改革、幼児教育・高等教育無償化、外国人材受け入れ、全世代型社会保障、国家戦略特区、規制改革にも踏み込んだ。これらは、旧来の保守政治だけでは説明しにくい政策である。
厚生労働省(「女性活躍推進法特集ページ」)は、女性活躍推進法について、企業に女性活躍の状況把握、課題分析、行動計画の策定などを求める制度として整理している。[2] 首相官邸(「働き方改革実行計画」)は、長時間労働の是正、同一労働同一賃金、多様で柔軟な働き方などを掲げた。[3] また、出入国在留管理庁・法務省(「特定技能制度」「入管法及び法務省設置法改正について」)によれば、2018年の入管法改正では、在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」が創設され、その後、出入国在留管理庁も設置された。[4]

これらは、伝統的な意味での「保守」だけでは説明できない。

だから安倍氏を理解するには、「保守かリベラルか」という二分法では足りない。彼は価値観では保守だった。しかし、社会経済政策では、リベラルに見える政策領域にも踏み込んだ。さらに、経済政策では新自由主義的な手段も使った。

安倍晋三氏は、単純な保守政治家ではなかった。

安倍氏のリベラル性は、左派リベラルではなかった

では、安倍氏はリベラルだったのか。

ここは慎重に言わなければならない。安倍氏は、左派リベラルではない。
彼の政策は、個人の権利拡張や少数者の解放そのものを第一目的にしたものではなかった。むしろ根底にあったのは、人口減少、労働力不足、経済停滞、安全保障環境の悪化に対する危機感だった。女性活躍は、男女平等政策であると同時に、労働力確保と成長戦略でもあった。働き方改革は、労働者保護であると同時に、生産性向上と労働市場改革でもあった。外国人材受け入れは、多文化主義というより、人手不足への現実対応だった。

教育無償化は、福祉政策であると同時に、人的資本への投資だった。文部科学省(「幼児教育の無償化」「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」)も、制度化に向けた方針を示している。[5]

つまり、安倍氏のリベラル性は、左派が語る「個人の解放」とは違う。国家と経済を維持するために、女性、高齢者、外国人、子育て世帯を、より広く社会と労働市場に組み込もうとする政策だった。

ここに、安倍氏の複雑さがある。

表面上はリベラルに見える。しかし、その芯には、国家の持続性をどう守るかという保守的な問題意識がある。
だから、安倍氏を「反動保守」とだけ見ると間違える。逆に、「多様性に開かれたリベラル政治家」と見るのも違う。
国家を維持するために、保守的な価値観とリベラルに見える政策手段を組み合わせたのが、安倍氏の実像である。

安倍政権の矛盾は、保守を語りながら新自由主義的手段を使ったことにある

安倍政権の評価で避けて通れないのが、アベノミクスである。

アベノミクスは、一般に「三本の矢」として説明された。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略である。内閣府(「安倍内閣の経済財政政策」)でも、安倍内閣の経済財政政策は、金融政策、財政政策、成長戦略を柱として説明されている。[6]
このうち第一の矢と第二の矢は、むしろ大きな政府に近い。金融緩和と財政出動によって、デフレを止め、需要を支えようとしたからである。
問題は、第三の矢である。

成長戦略の名の下で、規制改革、国家戦略特区、労働市場改革、観光立国、外国人材受け入れなどが進んだ。内閣府地方創生推進事務局・内閣官房(「国家戦略特区 規制改革メニュー」)では、国家戦略特区を「世界で一番ビジネスのしやすい環境」をつくるため、大胆な規制改革を集中的に実施する制度として説明している。[7]
ここに、安倍政権の大きな矛盾がある。

安倍氏は「美しい国」を語った。伝統、家族、地域、共同体、日本らしさを大切にする政治家として支持された。しかし、実際の政策手段としては、規制改革、市場化、効率化、労働市場の流動化、外国人材受け入れなど、新自由主義的な手法も強く使った。

ただし、ここで「安倍氏は新自由主義におもねった」とだけ書くと、少し粗い。より正確には、安倍政権は、国家の目的を実現するために、新自由主義的な手段を使ったのである。

これは自由放任ではない。小さな政府でもない。官邸が「この分野を成長させる」と決め、規制改革や市場原理をそこに集中的に流し込む。国家がハンドルを握ったまま、市場をアクセルとして使ったのである。いわば、官邸主導の新自由主義だった。
この点は、保守にとっても左派にとっても不都合である。

保守は、安倍氏を「美しい国」の政治家として称える。しかし、安倍政権が進めた市場化や流動化は、地方、雇用、家族、地域経済に大きな負荷をかけた。伝統や共同体を守ると言いながら、それを支える生活基盤を流動化させた面があったのではないか。この問いから逃げてはいけない。

左派は、安倍氏を「右翼政治家」として批判する。しかし、彼の社会経済政策を見れば、問題は右翼思想だけでは説明できない。労働市場改革、規制緩和、効率主義、官邸主導の成長戦略。そこには、新自由主義的な政策構造がある。安倍批判を「反動保守批判」だけで済ませると、むしろ本質を見落とす。

ここで、雇用についても整理しておきたい。アベノミクスは、雇用の「量」を増やした。総務省統計局(「労働力調査」)で確認できるように、就業者数や完全失業率は雇用情勢を見る基本統計であり、安倍政権期に雇用環境が改善したことは、功績として評価すべきである。[8]
しかし、雇用の量が増えたことと、雇用の質が十分に改善したことは同じではない。

実質賃金、非正規雇用、処遇格差、地方や中間層の生活実感は、別に見なければならない。厚生労働省・政府統計の総合窓口(「毎月勤労統計調査 長期時系列表」)には、賃金の推移を確認できる長期時系列表がある。[9] 雇用者数が増え、失業率が下がっても、働く人の生活が安定したか、賃金が物価に追いついたか、非正規と正規の処遇差が十分に縮まったかは、別の問題である。

つまり、アベノミクスの雇用評価は、「量」と「質」を分けなければならない。雇用の量を増やしたことは功績である。しかし、雇用の質、賃金、格差、地域経済への負荷については、なお検証が必要である。

さらに、金融政策にも副作用があった。日本銀行(「2013年以降の『量的・質的金融緩和』のもとでの金融政策」)によれば、日本銀行は2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、マネタリーベースや長期国債、ETFの保有額を大幅に拡大する政策を始めた。その後、マイナス金利政策、長短金利操作付き量的・質的金融緩和へと展開し、2024年3月には、マイナス金利政策などの枠組みを見直した。[10]

この異次元の金融緩和は、円高是正や株価上昇、企業心理の改善に大きな影響を与えた。一方で、出口戦略の難しさ、国債市場や金融機関収益への影響、円安を通じた輸入物価上昇、生活者の物価負担など、重い副作用も残した。

アベノミクスは、単純な成功でも失敗でもない。雇用の量、株価、円高是正には成果があった。しかし、賃金、生活実感、格差、金融緩和の出口という点では、未解決の課題を残した。この両方を見なければ、安倍政権の経済評価は成立しない。

岸信介から続くのは、自由放任の保守ではなく、国家主導の設計思想だった

この複雑さは、安倍氏の祖父である岸信介元首相を見ても理解しやすい。
岸信介は、戦後保守の象徴として語られることが多い。日米安保改定、自主憲法、反共、保守合同。たしかに、戦後政治における岸は、保守政治の重要人物である。

しかし、岸は単なる自由放任型の保守政治家ではなかった。戦前の岸は商工官僚であり、満州国の経済産業政策にも深く関わった。佐藤正志・張志祥(「岸信介と『満洲経営』」)では、岸が「革新官僚」として満州国に渡り、統制経済の実験に関与したことが論じられている。[11]
つまり、岸の本質は「市場に任せる保守」ではない。国家が前に出て、産業、経済、安全保障を設計する政治である。

この目線で見ると、安倍氏の保守性と改革性は、矛盾しているようで、一本の線でつながる。
安倍氏は、自由放任の市場主義者ではなかった。むしろ、官邸が前に出て、外交、安全保障、経済、労働、教育、外国人材政策を動かそうとした政治家だった。その中で、新自由主義的な手段も使った。だが、それは国家の撤退ではなく、国家の意志による市場の利用だった。
国家がハンドルを握る。市場をアクセルとして使う。官邸が方向を決め、規制改革や競争原理を使って社会を動かす。
これが、安倍政権の特徴だった。安倍氏は、保守政治家であると同時に、国家主導で社会を再設計しようとした政治家だったのである。

海外で評価される理由は、日本を「戦略を持つ国」に変えたからである

安倍氏は、海外では比較的高く評価されやすい。

理由は明確である。外交・安全保障において、日本を「戦略を持つ国」に近づけたからである。
外務省(「自由で開かれたインド太平洋」)は、「自由で開かれたインド太平洋」について、2016年の安倍氏の構想に連なる外交政策として整理している。[12] これは単なるスローガンではない。法の支配、航行の自由、自由貿易、連結性、海洋秩序をめぐる、日本発の地域構想だった。
さらに、Quad、日米同盟、インド・豪州との関係強化、CPTPPもある。外務省(「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉」)によれば、CPTPPは米国がTPPから離脱を表明した後、米国以外の11か国で協定の早期発効を目指して協議され、2018年3月に署名された。[13]

戦後日本は、しばしば受け身の外交をしてきた。米国の方針を見て、国際環境の変化を見て、慎重に対応する。もちろん、それは戦後日本の制約でもあった。

しかし安倍氏は、日本が自分の言葉で地域秩序を語る方向へ踏み出した。ここは、左派であっても過小評価すべきではない。安倍氏の外交・安全保障には、明確な成果がある。日本を、ただの経済大国ではなく、インド太平洋の秩序形成に関与する国として位置づけ直したことは、彼の大きな功績である。国内では、森友、桜を見る会、旧統一教会、政治資金問題が強く記憶される。

一方、海外から見ると、安倍氏は、インド太平洋秩序を構想し、日本を戦略的に動かした政治家として記憶されやすい。この国内評価と海外評価のズレを見ないと、安倍氏の全体像は分からない。

国内で批判される理由は、政策の左右ではなく統治のやり方への不信にある

では、なぜ国内では安倍氏への批判がこれほど強く残るのか。理由は、政策の左右だけではない。統治のやり方への不信が残ったからである。

森友学園問題では、財務省が決裁文書の改ざんと応接録の廃棄を認めた。財務省(「決裁文書の改ざん等に関する調査報告書について」)は、決裁を経た行政文書を改ざんし、国会等に提出するようなことは「あってはならない」とし、行政全体の信頼を損なったとする談話を出している。[14]

桜を見る会をめぐっても、国会で繰り返し追及が行われた。この問題は、単なる会合の是非ではなく、首相の説明責任への不信を残した。衆議院(「安倍晋三後援会が主催した『桜を見る会』前夜祭に関する質問主意書・答弁書」)でも、前夜祭の位置づけや政治資金規正法、公職選挙法との関係が問われている。[15]

旧統一教会との関係も、安倍氏の死後、日本政治全体の問題として噴き出した。文化庁(「東京高等裁判所による旧統一教会の解散命令決定を受けて」)は、旧統一教会について、違法な献金勧誘等により長期間にわたり多数の方が財産的・精神的損害を受けてきたとして、解散命令請求を行った。2026年には、東京高裁が旧統一教会に解散を命じた東京地裁決定を維持したことを文化庁が公表している。[16]

さらに、安倍派の政治資金問題もある。これは安倍氏本人の死後に本格的に表面化したものであり、安倍氏本人の直接責任として単純に語るべきではない。しかし、安倍氏の名を冠した最大派閥で生じた政治資金の問題として、派閥政治の構造責任は検証されなければならない。ここで大事なのは、責任を混ぜないことである。
安倍氏本人の直接責任、政権の政治責任、官僚組織の責任、自民党の責任、
派閥の構造責任。これらは分けなければならない。

安倍氏への批判が粗くなるのは、これらをすべて一つにまとめて「安倍が悪い」と断じるときである。一方、安倍氏への擁護が粗くなるのは、「本人の直接指示は確認されていない」として、政治的責任やガバナンス責任までなかったことにするときである。森友問題で、安倍氏が文書改ざんを直接指示したという事実は確認されていない。ここは正確に書く必要がある。本人の直接指示が確認されていない以上、法的責任を安倍氏個人に帰すことはできない。

しかし、それで終わりではない。内閣官房内閣人事局(「国家公務員制度改革/内閣人事局」)によれば、内閣人事局は2014年に設置され、人事管理に関する企画立案、方針決定、運用を一体的に担う組織とされた。[17] この仕組み自体は、行政改革としての意義を持つ。一方で、官邸が幹部人事に強い影響力を持つようになれば、官僚が政権の意向を過度に意識するリスクも生まれる。
直接の指示がなかったとしても、官僚が政権中枢の意向を過度に意識する権力構造が生まれていたなら、それは政治の最高責任者として問われるべきガバナンス責任である。これは、刑事責任とは別の問題である。法的責任を本人に帰せないことと、政治的・統治上の責任を問わないことは、同じではない。

安倍氏を不当に断罪してはならない。しかし、政権運営の責任まで免除してはならない。ここを分けることが、安倍氏を冷静に論じるための最低条件である。

右派の神格化も、左派の悪魔化も、安倍晋三を見誤る

安倍氏の評価は、極端に分かれる。右派は、安倍氏の外交・安全保障の功績を強調する。これは正しい。安倍氏は、戦後日本の外交・安全保障を大きく動かした政治家だった。

しかし、右派はしばしば、安倍氏が進めた新自由主義的な改革、外国人材受け入れ、地域や雇用への負荷、統治手法の問題を軽く見る。安倍氏を「偉大な保守政治家」としてのみ語ると、彼が本当に行った政策の複雑さが消えてしまう。彼は、伝統や共同体を語りながら、市場化や流動化も進めた政治家だった。その矛盾を見なければ、安倍氏を理解したことにはならない。

一方、左派は、森友、桜を見る会、旧統一教会、公文書、安保法制を強調する。これも無視できない論点である。しかし、左派はしばしば、安倍氏の外交成果、政権安定、雇用の量的改善、安全保障環境への現実対応を過小評価する。安倍氏を「闇」や「独裁者」として描くだけでは、なぜ彼が長期にわたって支持され、なぜ海外で評価されたのかを説明できない。

右派の神格化も、左派の悪魔化も、どちらも安倍氏を単純化している。右派も左派も、見たい安倍晋三だけを見ている。

しかし、安倍晋三という政治家は、そんなに単純ではなかった。彼は、保守であり、改革派であり、現実主義者であり、新自由主義的手段を使った国家主導の政治家だった。外交で成果を出し、雇用の量を増やした一方で、雇用の質、格差、地方、共同体、統治のやり方には重い課題を残した。だから、叩くだけでは見えない。祀り上げるだけでも見えない。必要なのは、分けて考えることだ。

安倍晋三の功罪は、歴史の中で検証されるべき

安倍晋三氏は、単なる保守政治家ではなかった。
彼は、価値観では保守だった。外交・安全保障では現実主義者だった。社会政策では、人口減少社会に対応するため、女性、高齢者、外国人、子育て世帯を社会と経済に組み込もうとした改革政治家だった。経済政策では、規制改革や市場化といった新自由主義的手段も使った。統治手法では、官邸主導を強め、政治を動かす力を持ったが、その分、行政の説明責任やチェック機能への不信も残した。

そこには、大きな功績がある。長期政権によって政治を安定させた。外交・安全保障では、日本を戦略を持つ国に近づけた。アベノミクスによって、少なくとも雇用の量や株価、円高是正の面では大きな変化を起こした。女性活躍、働き方改革、教育無償化、外国人材受け入れなど、人口減少社会への対応にも踏み込んだ。

一方で、重い問題もある。新自由主義的な政策手段は、地方、雇用、共同体に負荷をかけた。雇用の量が増えても、雇用の質、実質賃金、非正規雇用、地域格差、生活実感の問題は残った。異次元の金融緩和は、円高是正や株価上昇に寄与した一方で、出口戦略、円安、輸入物価、家計負担、国債市場への影響という重い課題も残した。

官邸主導は、政治を動かす力を生んだが、官僚の萎縮や忖度を招く危うさも持った。公文書、国会答弁、政治と宗教団体、政治資金の問題は、民主主義の運用への不信を残した。

だから、安倍氏を神として祀るべきではない。同時に、悪魔として罵るべきでもない。
彼は暗殺された犯罪被害者であり、遺族を持つ一人の人間でもある。その節度を失った議論は、いくら政治的に正しく見えても、どこかで人間への敬意を失っている。

必要なのは、礼賛でも断罪でもない。

功績は認める、問題は検証する。本人の直接責任と、政権・官僚組織・自民党・派閥の責任は分ける。政治家としての評価と、犯罪被害者としての尊厳も分ける。その作業をしなければ、安倍晋三という政治家を歴史の中に置くことはできない。そして、それができなければ、日本政治は、安倍氏が残したものを本当の意味で引き受けることも、乗り越えることもできない。

安倍晋三氏は、戦後日本でもっとも検証されるべき政治家の一人である。

彼を支持していた人間こそ、彼の功績だけでなく、問題も見るべきだ。
彼を批判していた人間こそ、彼の問題だけでなく、功績も見るべきだ。

それが、死者を政治的な道具にしないということだと思う。そして、それこそが、安倍晋三という巨大な政治家を、ようやく歴史の中で考え始めるための、最初の一歩なのだと思う。

参考文献

[1] 首相官邸(「第98代 安倍 晋三|歴代内閣」)

[2] 厚生労働省(「女性活躍推進法特集ページ」)

[3] 首相官邸(「働き方改革実行計画」)

[4] 出入国在留管理庁・法務省(「特定技能制度」「入管法及び法務省設置法改正について」)

[5] 文部科学省(「幼児教育の無償化」「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」)

[6] 内閣府(「安倍内閣の経済財政政策」)

[7] 内閣府地方創生推進事務局・内閣官房(「国家戦略特区 規制改革メニュー」)

[8] 総務省統計局(「労働力調査」)

[9] 厚生労働省・政府統計の総合窓口(「毎月勤労統計調査 長期時系列表」)

[10] 日本銀行(「2013年以降の『量的・質的金融緩和』のもとでの金融政策」)

[11] 佐藤正志・張志祥(「岸信介と『満洲経営』」)

[12] 外務省(「自由で開かれたインド太平洋」)

[13] 外務省(「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉」)

[14] 財務省(「決裁文書の改ざん等に関する調査報告書について」)

[15] 衆議院(「安倍晋三後援会が主催した『桜を見る会』前夜祭に関する質問主意書・答弁書」)

[16] 文化庁(「東京高等裁判所による旧統一教会の解散命令決定を受けて」)

[17] 内閣官房内閣人事局(「国家公務員制度改革/内閣人事局」)

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