渾身!仲代達矢💫『切腹』
小林正樹監督 (1962) 松竹
脚本・橋本忍
撮影・宮島義勇
音楽・武満徹
この『切腹』は
小林正樹監督にとっても 仲代達矢さんにとっても
はじめての時代劇だったそうですが
監督は
「椿三十郎や用心棒には 無いものを撮ろうと思った。
この映画は自分の中で最も密度の高い作品です」
と語られ
仲代さんは
「私が死ぬとき、今まで出演した映画から
一本選べと言われたら この『切腹』を選ぶ」
と仰っています。
〇
寛永七年五月。
彦根藩 井伊家の江戸上屋敷を
津雲半四郎と名乗る浪人が訪ね こう申し出る。

「拙者、士官もままならず 生活は苦しく
このまま生き恥をさらすより 潔く切腹をしたい。
ついては 当家の庭先を拝借したい」
しかしこれは近頃、江戸で横行している
困窮した浪人たちの ゆすりの手口であった。
こうした浪人者の申し出を受けた屋敷では
無論、実際に
切腹する気など無いことは承知の上で
本音は それにかかる厄介事と
庭先を 食い詰め浪人の
不浄の血で汚されたくないという理由。
また表向きは
その武士の覚悟を 評価するという意味で
幾ばくかの金銭を与え
お引き取り願うのが 通例となっていた。
だが このとき津雲半四郎に応対した
井伊家の家老・斎藤勘解由 (さいとう かげゆ)は
こうした悪しき事例を絶つべく
先日訪れた切腹志願の浪人を 見せしめとして
実際に切腹させた顛末を 半四郎に聞かせる。

春先のこと。
この井伊家の屋敷に 千々岩求女 (ちぢいわ もとめ)という
若い浪人がやって来て
切腹の為の お庭拝借を申し出た。
またもや金銭をねだる 卑しき者と承知で
勘解由は それなら礼を尽くしてやろうと
浪人を入浴させ 死に装束を与え
庭先に切腹の為の 用意万端を整えさせた。

「誠の武士の あっぱれなる姿を
家中一同、揃って拝見したい」

思いもよらぬ事態に驚愕し おののく求女だったが
どうあがいても 切腹を逃れられぬと知ると
必ず、必ず、この場に戻ることを誓い
一度、家に帰りたい、と訴える。
家では重い病の妻子が 息も絶え絶えに
求女を待ちわびて いたからだった。
そのうえ
求女の腰の刀は とうに売り払い 竹光だったが
勘解由は無論、帰宅も許さず
冷酷にもその竹光での 切腹を申し付ける。
ここに至って
遂に求女は覚悟を決め 竹光での切腹に及ぶが
竹光では到底、腹は切れず
地面に立てた柄に 覆いかぶさり腹に突き刺すが
脂汗と共に 悶え苦しむ求女。
壮絶な苦しみの中 介錯を頼む求女に

「いいや、まだまだ・・、
もっと充分に 腹を掻っ捌いて頂こう」
介錯人・沢潟彦九郎 (おもだか ひこくろう)は
故意に首を落とす時間を遅らせ
苦痛を与え続け
耐えきれず ついに求女が舌を噛み切ったところで
刀を振り下ろした。
冒頭に戻り
実はこのときの 若き浪人・千々岩求女は
津雲半四郎の 娘婿であった。
求女は 亡き親友の息子であり
半四郎の娘の美保と 夫婦になってからは
一人息子も生まれ 貧しくも
それは幸せな ひとときであったが
しかしやがて 母と息子は重い病に倒れ
困窮を極める中、医者代の為に
切羽詰まった求女は
武士の誇りを捨て 腰の刀を売り
そのうえ 幾ばくかの金銭を当てにして
なりふり構わず 井伊家を訪れたのだ。

その夜、井伊家の家来によって運ばれて来た
求女の亡骸を見て
無慈悲にも 竹光で腹を切らされたことに、
その見苦しさを伝え 嘲笑した三人の家来たちに、
半四郎の胸には 断じて許すことの出来ない憤怒が湧く。
そして どれだけ貧しいと言えども
武士の魂である刀だけは 手放すまいと
刀ごときに しがみついて生きて来た 虚しいプライドに
自分を 激しく悔やみ 恥じた。
自分も求女のように
なりふり構わず 生きるべきだったのだ。
やがてそののち、孫も娘も
求女の後を追うように 息を引き取った。
もはやこの世に 何の未練も無くなった半四郎は
事の真実を究明するため
そして 求女の無念を晴らすため
井伊家に乗り込んだ・・・

〇
今では観ることの出来ない 骨太の白黒映像。
切れ味鋭いストーリー。
このとき仲代さん29歳、孫がいる役です。
年齢を出すため 地の底から聞こえて来るような
重低音のロー・トーンを使ったとありますが
確かに 津雲半四郎の語りで お話が進むこの映画は
これほど見事な声の
舞台俳優でもある 仲代さんの他には考えられません。
また、殺陣はすべて本身(真剣)を使い
本身を使う時は 刃を潰すことも あるそうですが
それもしてなかったそうで
本身は重いので 一度、斬り込んで行ったら
ぎりぎりのところで 止めることが出来ない。
それが非常に怖かったそうです。
それ故、丹波哲郎さんとの決闘のシーンは
間を充分に取り、
ややスローモーに感じるところもありますが
逆に、これこそがリアルなのではないでしょうか。
そして 当時まだ
時代劇の基礎を身につけていなかった仲代さんには
チャンバラ・シーンは
大きなプレッシャーだったそうですが
その殺陣の基本を教えてくれたのが 中村錦之助さんで
このお二人、とっても仲が良かったんですね。
また、この作品はカンヌ映画祭に出品され
高い評価を得ました。
石浜朗さん演じる
千々岩求女の 壮絶な切腹シーンでは
卒倒した女性も出たそうですが
あの切腹シーンは 理不尽な社会の象徴であり
徹底的に残酷にすることで
後の復讐シーンが利いて来るという
監督の狙いだったとあります。
フランスのメディアが グランプリ間違いなし!
と書き立てるので
発表前から 祝賀会の準備や
テレビのインタビューで 賞を貰った感想まで語っていたが(!)
実際のグランプリは
ヴィスコンティ監督の『山猫』で
隣りのテーブルで 監督やアラン・ドロンなどが
ワーッと 盛り上がっていたそうです。
1962年度・キネマ旬報ベストテン第3位 主演男優賞・仲代達矢
カンヌ国際映画祭・審査員特別賞
毎日映画コンクール・日本映画大賞、音楽賞、美術賞など受賞。

おしまい
