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言葉の持つ力の差

このCM、さすが資生堂!素晴らしい作品だ。

石田ゆり子のナレーションがとても良い。良いのだが、どうしても悔しさが込み上げてしまう。
この3年間奪われ続けたものが、日常においてどれほど大切なものだったのか。
奪われた機会は、出会いは、経験は取り戻すことができるのか。
奪ったのは誰か。
そして、もう二度と奪われないためにはどうすればいいのか…

シンプルで、前向きで、それでいて様々な想いを掻き立てられる、素晴らしいコピーだと思った。

いま改めて、
顔全体から伝わってくるものの多さと、
その素晴らしさに気がつくのです。
さらに、誰かの何気ない表情につられて、
つい笑ってしまう自分、一緒に泣きそうになる自分、
思いもよらない自分に出会えたりもする。
3年間、さまざまな制約があったからこそ、
少しずつ自由を感じられる日々が、
嬉しく思えるのです。

いつもより少しだけ
新しい世界が始まろうとしています。
ささやかな表情の行き交う毎日は
もっと広がっていくでしょう。
その日常はきっと、この上なく美しい。
悩んでいても、前を向いていても、
立ち止まっていても、ふみだしていても、
泣きあっていても、笑いあっていても。

みんな、いい顔してる。

それに比べて、この男の発する言葉の醜悪さよ…👇

この記事に対する楊井弁護士のコメント、尾身が発する言葉について適格に評価されている。

「完全に普通の病気ではない」とのことですが、「普通の病気」とは何なのでしょう。普通の病気か否かというのは、科学的な概念ではないでしょう。尾身茂氏は従来から、科学的厳密性に基づく丁寧な説明よりも、人々の意識の深層に影響を与えることを狙って、印象的な修辞を選んでメッセージを発してこられたように思われます。今回も、コロナ禍当初から繰り返されてきた「他の病気とは異なる特別な病気」という「漠たる不安感」をリマインドし、人々に何らかの行動自粛が生じることを期待してのことと思われます。 

資生堂のCMと尾身を含めた煽り医者の言葉、人々の想像力に訴えかける力が強いのはどちらか?
比べるのは失礼か、資生堂に。

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