見出し画像

鍋の具は【シロクマ文芸部】

 鍋の具は、いつも変わり映えがない。

 毎度、似たようなものが入っていて、似たような味がする。
 量が多い。いちど登場すれば、数日は付き合うことになる。
 玄関を開けたときの、部屋に染みついた匂い。
 日を経るごとに形も失われてゆく泥濘のごとき器の中身は、ひどく薄味だ。
 食卓の鍋を見て、気持ちが落ちている自分に気付いた。

 彼女が、専業主婦を希望したのだ。
 新婚の妻だ。彼女に家のことを任せている。しかし、料理は得意でないらしい。

 婚活で出会った。
 私ももう40になる。30になったばかりの彼女と結ばれたことは幸運だったと思っている。
 しかし、何事もそうであるように、すべてが完璧であることは有り得ない。それは、お互いにとってそうなのだ。
 私も、年収だけはそれなりにあるが、それだけの男だ。
 自覚している。
 だから、多少のことは気にしない。そのつもりなのだ。


 ただ、鍋を前にして、自分の気持ちが、どうにも上がってこない。
 食事は、生きることと同義ではないか?
 何を食べたいか、それは、どう生きたいかと同じではないか?


 私に鍋を出した後、彼女はまだキッチンにいる。
 デザートを作っているらしい。黙々と作業にあたっている。
 林檎が皮を剥がれていく音だけが、繰り返して響いている。

 言うか、言うまいか、迷った。


 言わなかった。


 彼女が同年代の男と会っていることを、知っている。






 参加させていただいたのはこちら。

いいなと思ったら応援しよう!