故郷は少しあまじょっぱい
新横浜から新幹線のぞみに乗り、西へ向かった。 連日の酷暑が少し落ち着いた曇り空の下、久しぶりの帰省に胸の奥がそっと動く。
富士山は雲に隠れて姿を見せなかった。 冬の澄んだ空に雪をいただく富士山が好きだが、今日はまた別の景色だ。
名古屋を過ぎるころ、雲が消え青空が広がった。 山々の緑は濃く、田の稲は黄緑に輝き、生命力が景色いっぱいに満ちている。 何度も往復してきた、変わらない日本の風景が迎えてくれる。
私の故郷は「晴れの国」。 広い田園の向こうに低い山々が連なり、その上には絵本のような入道雲が立ち上がる。
実家に着く。 今は誰も住んでいないけれど、家の中には父や母の気配がやわらかく残っている。 私は何度も通って少しずつ片付けを進めている。
雨戸や窓を開けると、滞っていた空気が流れ、前回のままの時間がそっと動き出す。
ブレーカーを入れ、エアコンをつけ、水を流し、テレビをつける。 家は変わらず、静かに、しかし確かに応えてくれる。 その継続を、今は私が担っている。
翌日、施設の母を訪ねた。 元気そうで、笑顔も健在。 二人で写真を撮り、家族に送る。
母はもう私のことを覚えていない。 けれど、今の母は「今」を軽やかに生きている。 食事を楽しみ、歌を口ずさみ、塗り絵に夢中になっている。 不安や痛みから解き放たれ、穏やかな時間の中にいる。 その姿を見ていると、母は今、別のステージでしあわせなのだと思える。
施設の職員さんに母を託し、帰路につく。 陽射しの強い道を、広い田んぼの緑が続いていく。
母が丁寧に暮らした家を、継続と整理という二つの作業で少しずつ整える。 ゆっくりしか進まないけれど、それもまた大切な時間だ。
故郷は、やさしくて、少しだけあまじょっぱい。
