【東方幻想物語】四季の風景に彩られる私達 第拾漆話
第拾漆話;雪夜に灯る深愛の赤
霧雨魔理沙:

冬という季節は、不思議なものだ。
幻想郷に四季は巡れど、その中で「待たれている」と感じられる時期は、そう多くない。春は自然に来るし、夏は勝手に居座り、秋は気づけば過ぎていく。けれど冬だけは、違う。寒さの奥に、何かを迎える準備のようなものが、確かに潜んでいる。
そして、その冬の中でも、一番それらしい顔をしてやって来るイベントが、今年もまた巡ってきた。
クリスマス――そう呼ばれる日だ。
もっとも、幻想郷でそれを祝う者は少ないし、その意味を正確に理解している者は、さらに少ない。外の世界の行事であり、神社の祭事とも、妖怪の宴とも違う。だからこそ、この日について語られることは滅多にない。
けれど私は、この話が嫌いじゃなかった。
それは、古代にまつわる話だからだ。
まだ博麗大結界ができる、ずっとずっと前。幻想郷という名前すら定まっていなかった頃の、遥かな昔の話。
当時の世界は、今よりもずっと曖昧だった。昼と夜の境目は濃く、神と人の距離は近く、奇跡と呼ばれるものは、まだ特別ではなかった時代。人々は空を恐れ、闇を恐れ、そして冬を何より恐れていた。
冬は、死の季節だった。
作物は育たず、火は貴重で、夜は長く、寒さは命を奪う。だから人々は、冬至の夜に祈った。どうか太陽が戻ってくるようにと。どうか、この闇が永遠にならないようにと。
そんな祈りの中で、生まれたとされる話がある。
ある年の冬、夜が最も深く、世界が最も静まり返った時、ひとつの小さな光が生まれたという。それは王でも、英雄でもなく、ただの「希望」だった。声高に世界を変える力はなくとも、確かにそこに在ると感じられる、弱くて、しかし消えない光。
人々はそれを囲み、火を絶やさぬように守り、贈り物を分け合った。理由は単純だ。誰か一人でも欠ければ、この冬を越えられないと知っていたから。
そうして、「共に在る」ことそのものを祝う夜が、生まれた。
それが、クリスマスの始まりだ――と、私は聞いたことがある。
真実かどうかは分からない。外の世界の歴史書とやらを開けば、きっと別の説明が載っているだろう。でも、こういう話の価値は、正しさじゃない。冬の寒さの中で、人が何を信じ、何を守ろうとしたか。その想いが、今も形を変えて残っていることだ。
私は、吐く息が白くなるのを眺めながら、そんな古い話を思い出していた。
今年の冬も、特別な夜がやって来る。
誰もがそれを意識しているわけじゃない。
そして今日は、その目出たい日、そのものだった。
空気は澄みきっていて、吐く息は白く、空はやけに高い。暦なんて気にしない幻想郷でも、こういう日は、なぜか分かる。ああ、今日は特別な日なんだなって。誰に教えられたわけでもないのに、身体のどこかがそう言っている。
もちろん、私は霊夢と楽しく過ごすつもりだ。
それはもう、最初から決めている。
博麗神社で、寒い寒いなんて言いながら、こたつに潜り込んで。お茶を啜って、団子をつまんで、いつもと変わらない会話をして――それだけでも、十分といえば十分だ。霊夢は、そういう「変わらない時間」を案外気に入っている。
……でもなぁ。
「それじゃあ、面白くないよな」
私は、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。
森の中で独り言を言うのは、今に始まったことじゃない。木々は何も答えないし、雪はただ静かに積もっていくだけだ。
クリスマスだ。
せっかくの、特別な日だ。
ただで祝って、はい終わり、っていうのは、どうにも私らしくない気がした。霊夢だって、表には出さなくても、心のどこかでは「何か」を期待しているかもしれない。いや、期待してないかもしれない。でも、だからこそ――
「もっと、喜ばせてやりたいんだよな」
声に出して言うと、少しだけ照れくさくなる。
誰に聞かれているわけでもないのに、こういう言葉は、胸の奥に引っかかる。
どうしたら霊夢は喜ぶだろう。
派手なこと? 弾幕? それとも珍しい道具?
いや、あいつはそういうのには、あんまり動じない。
「……プレゼント、か?」
外の世界じゃ、そういう日らしい。
贈り物をして、感謝を伝えて、一緒に過ごす夜。
でも霊夢に、何を渡せばいい?
お札? お金? それじゃ現実的すぎる。
甘いもの? それはいつも食べてる。
「難しいな……ほんと」
私は頭を掻きながら、歩みを止めた。
冷たい風が頬を撫でる。その冷たさの中に、どこか柔らかいものが混じっている気がして、ふと笑ってしまう。
どうしたものか、と私はその場で腕を組んだまま、しばらく動けずにいた。
考えれば考えるほど、答えは霧の中に沈んでいく。特別な日だからこそ、下手なことはしたくない。けれど、無難にまとめる気も、どうしても起きなかった。
「うーん……」
唸り声を上げた、そのときだった。
「ねえ魔理沙、どうしたのさ?」
不意に、やけに元気な声が横から飛んでくる。
顔を上げると、氷の羽をきらきらさせたチルノが、いつの間にかすぐ近くまで来ていた。
そして、そのすぐ後ろ。
木陰と雪影の境目に、溶けるように立つ影がある。
「……レティもいるのか」
私がそう呟くと、その影が、ゆっくりと形を持った。
「ええ。冬が深まってきたもの」
レティ・ホワイト。
静かな声は、氷の下を流れる水みたいに低く、穏やかだった。
「この時期になると、どうしても顔を出すことになるわ」
「相変わらずだな。お前らしいぜ。」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
そう言って、ほんのわずかに口元を緩める。
その余裕が、いかにもレティらしい。
私は改めてチルノへ視線を戻した。
「……で」
腕を組む。
「お前、あの時はよくもやったな!」
「えっ!? な、なにさいきなり!」
「とぼけるな。地霊殿の温泉、覚えてるだろ。あれはさすがにやりすぎだぜ?」
チルノはびくっと肩を揺らし、氷の羽をきしりと鳴らした。
「……あれは、その……ちょっと楽しくなっちゃっただけだもん」
「“ちょっと”で済む規模じゃなかったぞ」
「うっ……」
そのやり取りを、レティは黙って見ていた。
責めるでも、かばうでもない。ただ、冬の沈黙で包み込むように。
静かな言葉が、妙に重く響く。
チルノはむっとしながらも、反論できずに口をつぐんだ。
「……でさぁ」
チルノが、少し不満そうに腕を組んだ。
「この前の罰、ほんっと大変だったんだから」
「罰?」
わざとらしく首を傾げてみせる。
「地霊殿の手伝いだよ! 一週間も!」
「ああ……」
思い出したように、私は鼻を鳴らす。
「掃除だの、雑用だの、ずーっとこき使われてさ。
寒いし、暗いし、もう最悪!」
「はは」
思わず笑いが漏れる。
「それは自業自得だろ」
「なっ!?」
チルノがぎょっと目を見開いた。
「温泉凍らせた張本人が、何被害者ぶってんだ」
「だって、ちょっとやりすぎただけじゃん!」
「“ちょっと”で済む規模じゃなかったっての」
そう言うと、チルノはむっと唇を尖らせた。
「今日は一人じゃないはずだよな。いつもの相棒が見当たらないけど」
「大ちゃん?」
チルノが一瞬きょろきょろして――
「……あ」
そのときだった。
「ま、待ってよ~、チルノちゃん――!」
少し息の切れた声が、空の上から降ってくる。
見上げると、冬空を背景に、慌てて飛んでくる小さな姿。
「……あ、ちょうど来た」
チルノが、ぽつりと呟いた。
大妖精が私たちの前に降り立ち、息を整えながら顔を上げる。
「……あっ。ま、魔理沙さん……」
「よう」
私は軽く手を挙げる。
「お前にも、ちょうど話したいことがあってな」
その瞬間、大妖精の表情が曇った。
「あの時は……ごめんなさい」
胸の前で手を握りしめ、深く頭を下げる。
「つい出来心で……止めきれなくて……」
「……」
私は一瞬だけ言葉を探してから、肩をすくめた。
「全部お前の責任だとは思ってないさ。止めようとしてたのも、ちゃんと見てた」
「……魔理沙さん……」
その様子を、レティが静かに見下ろしていた。
「まあ、何があったか分からないけど、反省しているなら、それで十分だと思うわよ。」
冬の女王らしい、簡潔な言葉。
「過ちを知ったあと、どう振る舞うか。それが、次の冬を決めるのだから」
私はその言葉を、胸の奥で噛みしめる。
「……なるほど。面白いことを言うなお前は。」
きりがいい所で、チルノが私を含めた三人を見回した。
「で? 魔理沙は何を悩んでるの?」
チルノがずいっと顔を近づけてくる。
私は一瞬、言うべきか迷ったが――ここまで来たら、隠す理由もなかった。
「実はな……」
私は、今日がクリスマスであること。
霊夢と一緒に過ごすつもりでいること。
でも、ただ普通に祝うだけじゃ、何か物足りないと感じていること。
どうしたら、霊夢をもっと喜ばせられるのか、考えあぐねていること。
その全部を、簡単に、けれど正直に話した。
話し終えたあと、少しだけ間が空く。
すると、真っ先に口を開いたのは――
「簡単じゃん!」
チルノだった。
「サプライズだよ、サプライズ! いきなり凄いことやればいいんだって!」
「凄いこと、って……」
「弾幕! 雪! 氷! どーんって!」
「却下だ」
即答すると、チルノは頬を膨らませた。
「えー、絶対楽しいのにー」
「楽しむのはお前だけだろ」
そのやり取りを聞いていたレティが、静かに口を挟む。
「派手さよりも、“冬らしさ”を活かすのはどうかしら」
「冬らしさ?」
「ええ。雪、静けさ、夜。冬は、それだけで特別な舞台になる。そこに、少しだけ手を加えるの」
なるほど、と私は顎に手を当てた。
レティらしい、落ち着いた提案だ。
さらに、大妖精が遠慮がちに続ける。
「あの……贈り物、という形にこだわらなくてもいいと思います」
「ほう?」
「一緒に何かをする、とか。今日だけの時間を作る、とか……それも、きっと嬉しいはずです」
三人三様の意見。
どれも方向性は違うのに、不思議と否定しきれない。
「なるほどな……」
私は小さく笑った。
一人で考えていたときには見えなかった道が、少しずつ形を持ち始めている。
「悪くない。どれも、使えそうだ」
「でしょ!」
「冬は、本当にいい季節だな。」
「うまくいくといいですね」
三人の言葉を背に受けながら、私は空を見上げた。
白い雲の向こうで、今日はきっと、特別な夜が待っている。
そう考えるだけで、胸の奥が、少しだけ温かくなった。
博麗霊夢:

冬の博麗神社は、音が少ない。
雪はまだ降っていないが、空気は澄み切っていて、境内に立つだけで耳の奥が静かになる。
風が吹けば、木々がかすかに鳴るだけ。
鳥の声すら、今日は遠慮しているみたいだった。
私は縁側に腰を下ろし、湯気の立つ湯呑みを両手で包んでいた。
熱が、指先からじんわりと伝わってくる。
「……」
一口、啜る。
苦すぎず、薄すぎず。
ちょうどいい温度で、ちょうどいい味。
何も考えなくていい時間。
参拝客もいない、用事もない。
ただ、冬の神社でお茶を飲むだけ。
――最高の時間だった。
本当に、それだけで十分だったというのに。
「で、なんであんたたちがいるの?」
いつの間にか、視界に入り込んでいた面子に向かって、私はそう問いただしていた。
静寂は、あっけなく壊れた。
魔理沙が立っている。
その横に、氷の妖精。
後ろでおどおどしている小さな妖精。
そして、境内の空気を一段冷やすように佇む、白い女。
――さっきまで、誰もいなかったはずなのに。
「クリスマスパーティー、だってさ」
魔理沙が、いかにも楽しそうに肩をすくめる。
「……聞いてないんだけど」
「そりゃそうだろ。今思いついたんだから」
私は、じっと魔理沙を睨んだ。
「最低限の相談ってものがあるでしょう」
「霊夢に相談したら、絶対ダメって言うだろ?」
「当たり前でしょ」
即答すると、魔理沙は満足そうに笑う。
「ほらな」
「なにそれ……」
額に、じんわりと嫌な予感が広がる。
その横で、チルノが腕を組んで胸を張った。
「でもさ! お祭りは多いほうが楽しいじゃん!」
「今は静かにお茶を飲んでたのよ」
「えー、もったいない!」
「何がよ」
「冬は寒いから、騒がないと凍っちゃうんだよ!」
意味が分からない。
私はため息をついた。
「……あんた、前に温泉凍らせたばっかりでしょうが」
「それはそれ、これはこれ!」
即答だった。
反省の色は、見事なまでにない。
「……」
私は、境内に集まった顔ぶれを、もう一度ゆっくり見回した。
魔理沙は最初から楽しむ気満々。
チルノは落ち着きなく空を飛び回っている。
大妖精は申し訳なさそうにしながらも、どこか期待を隠しきれていない。
レティは、冬そのものみたいに静かに佇んでいる。
この状況で「帰れ」と言ったところで、素直に引き下がる面子じゃない。
それは、長い付き合いで嫌というほど分かっている。
「……はぁ」
私は、小さく息を吐いた。
「分かったわよ」
「おっ?」
魔理沙が、即座に反応する。
「ただし」
私は指を一本立てる。
「騒ぎすぎないこと。神社を壊さないこと。あと――後片付けは全部、あんたたち」
「えー!?」
チルノが声を上げる。
「それくらい、いいでしょ!」
「よくない」
「じゃあ、半分!」
「全部」
「……ケチ」
「神社の管理は私の仕事なの」
そう言うと、魔理沙は肩をすくめて笑った。
「はいはい。霊夢様の言う通り」
「軽いわね……」
でも、その調子が、なぜか少しだけ懐かしくもある。
「それに」
私は、縁側に置いたままの湯呑みを見る。
まだ、ほんのり温かい。
「せっかく来たんだから、追い返すのも面倒だし」
「素直じゃないなぁ」
「うるさい」
そう言いながら、私は立ち上がった。
最高の静けさは、もう戻らない。
でも――
冬の神社で、たまには賑やかになる日があってもいい。
そう思えなくもなかった。
「じゃあ」
私は一歩、境内へ出る。
「やるなら、さっさと始めなさい」
一瞬の静寂のあと――
「やったー!」
「決まりだな!」
声が弾む。
博麗神社の冬は、こうして思いがけない形で、少しだけ騒がしくなった。
それでも、不思議と悪くない。
……本当に、少しだけだけど。
霧雨魔理沙:

――よし。
私は、内心で小さく頷いた。
霊夢が受け入れた。
つまり、ここまでは――計画通りだ。
「……な?」
私は、三人の方をちらりと見て、声を落とす。
「うまくいってるだろ」
チルノは、得意げに胸を張り、
大妖精は、ほっとしたように小さく微笑み、
レティは、相変わらず静かに、けれど確かに頷いた。
あの後だ。
温泉の件が片付いてから――私たちは、ただ集まって騒いでいたわけじゃない。
霊夢に、何か贈ろう。
それぞれが、そう思っていた。
だから今日、ここにいる。
「……こっちよ」
霊夢が言って、居間へと私たちを案内する。
障子を開けると、冬の冷えた空気とは対照的に、やわらかな暖かさが流れ出してきた。
部屋の中央には、炬燵。
赤い布団が、いかにも冬らしい。
「適当に座って」
霊夢はそう言って、先に炬燵に腰を下ろす。
私たちも、それに続いた。
足を入れた瞬間、じんわりとした熱が伝わってくる。
……やっぱり、博麗神社の炬燵は反則だ。
「で?」
霊夢が湯呑みを手に取りながら、私を見る。
「パーティーと言っても、何をするの?」
私は、肩をすくめた。
「言っただろ。クリスマスだ」
「それは聞いたわよ」
「だからさ」
私は、三人の方へ視線を送る。
「こいつらも、ちゃんと準備してきたってわけだ」
一瞬、空気が止まる。
そして――
最初に動いたのは、レティだった。
静かに立ち上がり、白い息をひとつ吐く。
「……最初は、私から」
レティは、ゆっくりと包みを差し出した。
冬の気配を思わせる、落ち着いた色合いのそれ。
「派手なものではないわ」
淡々とした声。
「でも、この季節に、あなたの役に立つはず」
霊夢は、一瞬だけ目を瞬かせてから、受け取った。
「……ありがとう」
次に、大妖精が立ち上がる。
少し緊張した様子で、両手に抱えた小さな包みを差し出した。
「あ、あの……」
声が、わずかに震える。
「この前のこともあって……ちゃんと、お礼をしたくて」
「大したものじゃないですけど……」
「気持ち、です」
霊夢は、ふっと表情を緩めた。
「十分よ」
最後に――
「はいはい、次はアタイ!」
チルノが勢いよく立ち上がり、どん、と炬燵の縁に何かを置く。
包み方は少し雑。
でも、中身を大事にしていたのは、見れば分かる。
「えっとさ!」
少しだけ視線を逸らして、
「この前はいろいろあったけど!」
「今日はおめでたい日だし!」
「だから、その……喜んでくれたらいいなって!」
霊夢は、少しだけ驚いた顔をして、
それから、小さく笑った。
「……ありがとう、チルノ」
炬燵の中で、空気が少しだけ柔らぐ。
私は、その様子を見ながら、心の中で呟いた。
――ここまでは、完璧だ。
さて。
次は、私の番、だな。

「さ、そろそろ帰ろうかな~」
炬燵の温もりが部屋に行き渡った、そのタイミングだった。
チルノが、まるで思いついたみたいな軽さで、そんなことを言い出したのは。
「え?」
大妖精が、少し遅れて声を上げる。
「も、もう帰るの……?」
「うん! なんか、やること終わった気がするし!」
終わった気がする、って何だよ。
私は思わず口を挟みかけて――やめた。
嫌な予感が、胸の奥でむくむくと膨らんでいたからだ。
レティは静かに立ち上がり、外の様子を一瞥する。
「……確かに、長居する空気でもないわね」
「ちょ、ちょっと待て」
私は三人を見て、声を落とす。
「おいおい、こんなの――」
(こんなの、作戦にないぞ!)
心の中で叫んだが、言葉にはならなかった。
流れは、止まらない。
「霊夢さん、今日はありがとう」
大妖精がぺこりと頭を下げ、
「またねー!」
チルノは相変わらず軽く手を振る。
レティは一言、
「良い夜を」
そう残して、障子の向こうへ消えていった。
……あっという間だった。
居間に残ったのは、霊夢と私だけ。
さっきまでの賑やかさが、嘘みたいに引いていく。
「……」
霊夢は何も言わず、三つ並んだ包みに視線を落とした。
「開けていいのかしら」
独り言みたいに呟いて、最初の一つに手を伸ばす。
レティの包みだった。
中から現れたのは、落ち着いた瓶。
「……お酒ね」
霊夢は軽く息を吐く。
「まあ、あの人らしいわ」
次に、大妖精の包み。
丁寧に包まれた、小さな土産物。
「地霊殿で手伝わされた時の記念、ってところかしら」
そう言って、少しだけ口元を緩める。
そして、最後。
チルノの包みを開けた瞬間、霊夢の眉がぴくりと動いた。
「……」
そこにあったのは、
どこにでもありそうな――つらら。
しかも、少し溶けかけ。
「……全く」
霊夢は、半ば呆れたように呟く。
「あいつらも、ろくなもの送ってこないわね」
つららを見つめたまま、
「そしてチルノは……何を送ってきてるのかしら」
私は、何も言えなかった。
やがて、霊夢の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
「で」
落ち着いた声。
「あんたは、何を持ってきたの?」
「……」
一瞬、喉が鳴った。
ここまで来て、逃げ場はない。
私は観念したように、炬燵の上に置いていた包みを手に取る。
「……これだよ」
私は渋々、用意していた贈り物を、霊夢の前に差し出した。
霊夢は、黙って包みを受け取った。
炬燵の上に置かれたそれを、すぐには開けない。
指先で包み紙の端をつまみ、確かめるように、ゆっくりと撫でている。
――嫌な沈黙だ。
胸の奥が、じわじわと熱くなる。
今さら「大したものじゃない」なんて言える空気じゃない。
「……」
霊夢は、ゆっくりと包みを解いた。
現れたのは、鮮やかな赤いマフラーだった。
雪の白に埋もれても、はっきりと映える色。
派手すぎず、けれど目を引く、あの巫女装束によく似合いそうな赤。
その瞬間、霊夢の動きが止まる。
「……」
一瞬、唖然としたように、言葉を失っている。
眉も、口元も、いつもの調子から少し外れていた。
(……やっぱり、余計だったか)
そんな考えが頭をよぎる。
魔法の道具でも、珍しい品でもない。
ただ、寒い冬に使ってもらえたら、それだけでよかった。
霊夢は、ふっと息を吐く。
そして、次の瞬間。
いつもの、あの落ち着いた表情に戻った。
「……ありがとう」
短い言葉。
でも、その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
部屋に沈黙が落ちる。
気まずさじゃない。
無理に言葉を探さなくてもいい、そんな静けさ。
霊夢は赤いマフラーを手に取ったまま、しばらく何も言わない。
指先でその縁をなぞる仕草が、妙に丁寧だった。
(……ああ、やっぱり似合ってるな。)
私はそう思った。
派手な祝福も、仰々しい言葉もない。
けれど、長い時間を共にしてきたからこそ分かる距離感が、そこにはあった。
炬燵の温もりと、静かな冬の空気が、ゆっくりと二人の間を満たしていく。
レティ・ホワイト:

博麗神社から少し離れた雪道を、私たちは並んで歩いていた。
境内の気配が、もう背中から完全に消えている。
振り返れば、鳥居も、灯りも見えない。
(……予定外、だったかしら)
魔理沙の顔を思い出し、思わず小さく笑ってしまう。
彼女の作戦には、確かに「私たちが先に帰る」なんて項目はなかった。
でも――
これは、思いつきなんかじゃない。
チルノが、あの場で「そろそろ帰ろうかな~」と言い出した瞬間、
私と大妖精は、何も言わずに頷いた。
脇役は、退散するもの。
それでいい。
あの空間に必要だったのは、
あの二人だけだったのだから。
「いや~、今頃二人、何してるかな?」
チルノが、相変わらず能天気な声で言う。
足元の雪を蹴りながら、楽しそうだ。
「炬燵でぬくぬくしてるんじゃないかな……」
大妖精が、ふわりと笑う。
空気は冷たいのに、その声は柔らかい。
「それとも、また言い合いしてたりして」
「それもありそう!」
二人のやり取りを聞きながら、私は黙って歩く。
元を辿れば――
私たちがしたかったのは、ただ一つ。
魔理沙の考えを、実現させてあげたかっただけ。
霊夢に、ちゃんと気持ちが届く場所を、残してあげたかった。
だから、三人で連携を取った。
魔理沙に悟られないように、自然に、静かに。
(きっと、今頃……)
赤いマフラー。
炬燵。
冬の夜の静けさ。
余計な言葉も、邪魔な存在もない時間。
私は、胸の奥でそっと思う。
(……素敵な夜を、築けそうね)
雪は、音もなく降り続けている。
それはまるで、二人の居場所を包み込むようだった。
私たちはもう、振り返らない。
それでいい。
今夜の主役は、
最初から、決まっていたのだから。
風が木々を揺らし、枝に積もった雪が、はらりと落ちる。
音はなく、ただ静寂だけが広がる。
幻想郷の冬は、厳しくて、長い。
白と蒼に染まる世界の中で、
きっとあの赤は、いっそう鮮やかに映えているだろう。
雪は、今夜も変わらず降り続ける。
すべてを覆い、守るように。
――静かで、穏やかな、聖なる冬の夜として。
*おまけ

その日の夜。
結局は霊夢の一声で、皆が再び博麗神社に集まることになった。誰かが強く望んだわけでもなく、特別な理由があったわけでもない。ただ「せっかくだから」という、霊夢らしい曖昧で自然な一言がきっかけだった。
居間には炬燵が用意され、簡素な肴と酒が並べられる。霊夢、魔理沙、レティ、チルノ、大妖精。顔ぶれは昼間と変わらないはずなのに、夜というだけで、空気はどこか柔らかかった。
笑い声は控えめで、誰も大きくはしゃがない。酒もほどほどで、酔いに任せて騒ぐ者はいなかった。それでも、不思議と間が持つ。沈黙が訪れても、それを気まずいと思う者はいない。炬燵の温もりと、外から聞こえる風の音が、ただ静かに時間を進めていく。
ふと目をやれば、赤いマフラーが炬燵の傍に掛けられていた。昼間よりも少し影を落としたその赤は、夜の静けさの中で、かえって鮮やかに映っている。
誰もそれについて口にはしなかった。
けれど、誰もがそれを見ていた。
言葉にしなくても伝わることがある。
形にしなくても、確かに残るものがある。
この夜が、そしてこのクリスマスが、特別だった理由は、きっとそこにあった。
雪は静かに降り続け、博麗神社の屋根を白く染めていく。
その下で過ごすこのひとときが、十分すぎるほどの祝福であることを、皆が分かっていた。
ご高覧いただきありがとうございました!
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次回 第拾捌話は、2025年 12月28日(日曜日)投稿予定です!
次回もお楽しみに♬
