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【東方幻想物語】四季の風景に彩られる私達 第拾漆話

第拾漆話;雪夜に灯る深愛の赤


霧雨魔理沙:


  冬という季節は、不思議なものだ。
 幻想郷に四季は巡れど、その中で「待たれている」と感じられる時期は、そう多くない。春は自然に来るし、夏は勝手に居座り、秋は気づけば過ぎていく。けれど冬だけは、違う。寒さの奥に、何かを迎える準備のようなものが、確かに潜んでいる。

 そして、その冬の中でも、一番それらしい顔をしてやって来るイベントが、今年もまた巡ってきた。
 クリスマス――そう呼ばれる日だ。

 もっとも、幻想郷でそれを祝う者は少ないし、その意味を正確に理解している者は、さらに少ない。外の世界の行事であり、神社の祭事とも、妖怪の宴とも違う。だからこそ、この日について語られることは滅多にない。

 けれど私は、この話が嫌いじゃなかった。
 それは、古代にまつわる話だからだ。
 まだ博麗大結界ができる、ずっとずっと前。幻想郷という名前すら定まっていなかった頃の、遥かな昔の話。

 当時の世界は、今よりもずっと曖昧だった。昼と夜の境目は濃く、神と人の距離は近く、奇跡と呼ばれるものは、まだ特別ではなかった時代。人々は空を恐れ、闇を恐れ、そして冬を何より恐れていた。

 冬は、死の季節だった。
 作物は育たず、火は貴重で、夜は長く、寒さは命を奪う。だから人々は、冬至の夜に祈った。どうか太陽が戻ってくるようにと。どうか、この闇が永遠にならないようにと。

 そんな祈りの中で、生まれたとされる話がある。
 ある年の冬、夜が最も深く、世界が最も静まり返った時、ひとつの小さな光が生まれたという。それは王でも、英雄でもなく、ただの「希望」だった。声高に世界を変える力はなくとも、確かにそこに在ると感じられる、弱くて、しかし消えない光。

 人々はそれを囲み、火を絶やさぬように守り、贈り物を分け合った。理由は単純だ。誰か一人でも欠ければ、この冬を越えられないと知っていたから。
 そうして、「共に在る」ことそのものを祝う夜が、生まれた。
 それが、クリスマスの始まりだ――と、私は聞いたことがある。

 真実かどうかは分からない。外の世界の歴史書とやらを開けば、きっと別の説明が載っているだろう。でも、こういう話の価値は、正しさじゃない。冬の寒さの中で、人が何を信じ、何を守ろうとしたか。その想いが、今も形を変えて残っていることだ。

 私は、吐く息が白くなるのを眺めながら、そんな古い話を思い出していた。
 今年の冬も、特別な夜がやって来る。
 誰もがそれを意識しているわけじゃない。

 そして今日は、その目出たい日、そのものだった。
 空気は澄みきっていて、吐く息は白く、空はやけに高い。暦なんて気にしない幻想郷でも、こういう日は、なぜか分かる。ああ、今日は特別な日なんだなって。誰に教えられたわけでもないのに、身体のどこかがそう言っている。

 もちろん、私は霊夢と楽しく過ごすつもりだ。
 それはもう、最初から決めている。

 博麗神社で、寒い寒いなんて言いながら、こたつに潜り込んで。お茶を啜って、団子をつまんで、いつもと変わらない会話をして――それだけでも、十分といえば十分だ。霊夢は、そういう「変わらない時間」を案外気に入っている。

 ……でもなぁ。
「それじゃあ、面白くないよな」
 私は、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。
 森の中で独り言を言うのは、今に始まったことじゃない。木々は何も答えないし、雪はただ静かに積もっていくだけだ。

 クリスマスだ。
 せっかくの、特別な日だ。

 ただで祝って、はい終わり、っていうのは、どうにも私らしくない気がした。霊夢だって、表には出さなくても、心のどこかでは「何か」を期待しているかもしれない。いや、期待してないかもしれない。でも、だからこそ――

「もっと、喜ばせてやりたいんだよな」
 声に出して言うと、少しだけ照れくさくなる。
 誰に聞かれているわけでもないのに、こういう言葉は、胸の奥に引っかかる。

 どうしたら霊夢は喜ぶだろう。
 派手なこと? 弾幕? それとも珍しい道具?
 いや、あいつはそういうのには、あんまり動じない。
「……プレゼント、か?」

 外の世界じゃ、そういう日らしい。
 贈り物をして、感謝を伝えて、一緒に過ごす夜。
 でも霊夢に、何を渡せばいい?


 お札? お金? それじゃ現実的すぎる。
 甘いもの? それはいつも食べてる。

「難しいな……ほんと」
 私は頭を掻きながら、歩みを止めた。
 冷たい風が頬を撫でる。その冷たさの中に、どこか柔らかいものが混じっている気がして、ふと笑ってしまう。

 どうしたものか、と私はその場で腕を組んだまま、しばらく動けずにいた。
 考えれば考えるほど、答えは霧の中に沈んでいく。特別な日だからこそ、下手なことはしたくない。けれど、無難にまとめる気も、どうしても起きなかった。
「うーん……」

 唸り声を上げた、そのときだった。
「ねえ魔理沙、どうしたのさ?」

 不意に、やけに元気な声が横から飛んでくる。
 顔を上げると、氷の羽をきらきらさせたチルノが、いつの間にかすぐ近くまで来ていた。

 そして、そのすぐ後ろ。
 木陰と雪影の境目に、溶けるように立つ影がある。
「……レティもいるのか」

 私がそう呟くと、その影が、ゆっくりと形を持った。
「ええ。冬が深まってきたもの」
 レティ・ホワイト。


 静かな声は、氷の下を流れる水みたいに低く、穏やかだった。
「この時期になると、どうしても顔を出すことになるわ」
「相変わらずだな。お前らしいぜ。」
「褒め言葉として受け取っておくわ」

 そう言って、ほんのわずかに口元を緩める。
 その余裕が、いかにもレティらしい。
 私は改めてチルノへ視線を戻した。

「……で」
 腕を組む。
「お前、あの時はよくもやったな!」
「えっ!? な、なにさいきなり!」
「とぼけるな。地霊殿の温泉、覚えてるだろ。あれはさすがにやりすぎだぜ?」

 チルノはびくっと肩を揺らし、氷の羽をきしりと鳴らした。
「……あれは、その……ちょっと楽しくなっちゃっただけだもん」
「“ちょっと”で済む規模じゃなかったぞ」
「うっ……」

 そのやり取りを、レティは黙って見ていた。
 責めるでも、かばうでもない。ただ、冬の沈黙で包み込むように。
 静かな言葉が、妙に重く響く。
 チルノはむっとしながらも、反論できずに口をつぐんだ。

「……でさぁ」
 チルノが、少し不満そうに腕を組んだ。
「この前の罰、ほんっと大変だったんだから」
「罰?」

 わざとらしく首を傾げてみせる。
「地霊殿の手伝いだよ! 一週間も!」
「ああ……」

 思い出したように、私は鼻を鳴らす。
「掃除だの、雑用だの、ずーっとこき使われてさ。
 寒いし、暗いし、もう最悪!」

「はは」
 思わず笑いが漏れる。
「それは自業自得だろ」
「なっ!?」

 チルノがぎょっと目を見開いた。
「温泉凍らせた張本人が、何被害者ぶってんだ」
「だって、ちょっとやりすぎただけじゃん!」

「“ちょっと”で済む規模じゃなかったっての」
 そう言うと、チルノはむっと唇を尖らせた。

「今日は一人じゃないはずだよな。いつもの相棒が見当たらないけど」
「大ちゃん?」
 チルノが一瞬きょろきょろして――

「……あ」
 そのときだった。
「ま、待ってよ~、チルノちゃん――!」
 少し息の切れた声が、空の上から降ってくる。

 見上げると、冬空を背景に、慌てて飛んでくる小さな姿。
「……あ、ちょうど来た」
 チルノが、ぽつりと呟いた。
 大妖精が私たちの前に降り立ち、息を整えながら顔を上げる。

「……あっ。ま、魔理沙さん……」
「よう」
 私は軽く手を挙げる。

「お前にも、ちょうど話したいことがあってな」
 その瞬間、大妖精の表情が曇った。
「あの時は……ごめんなさい」

 胸の前で手を握りしめ、深く頭を下げる。
「つい出来心で……止めきれなくて……」
「……」
 私は一瞬だけ言葉を探してから、肩をすくめた。

「全部お前の責任だとは思ってないさ。止めようとしてたのも、ちゃんと見てた」
「……魔理沙さん……」
 その様子を、レティが静かに見下ろしていた。
「まあ、何があったか分からないけど、反省しているなら、それで十分だと思うわよ。」

 冬の女王らしい、簡潔な言葉。
「過ちを知ったあと、どう振る舞うか。それが、次の冬を決めるのだから」
 私はその言葉を、胸の奥で噛みしめる。

「……なるほど。面白いことを言うなお前は。」
 きりがいい所で、チルノが私を含めた三人を見回した。
「で? 魔理沙は何を悩んでるの?」

 チルノがずいっと顔を近づけてくる。
 私は一瞬、言うべきか迷ったが――ここまで来たら、隠す理由もなかった。
「実はな……」

 私は、今日がクリスマスであること。
 霊夢と一緒に過ごすつもりでいること。


 でも、ただ普通に祝うだけじゃ、何か物足りないと感じていること。
 どうしたら、霊夢をもっと喜ばせられるのか、考えあぐねていること。
 その全部を、簡単に、けれど正直に話した。

 話し終えたあと、少しだけ間が空く。
 すると、真っ先に口を開いたのは――
「簡単じゃん!」

 チルノだった。
「サプライズだよ、サプライズ! いきなり凄いことやればいいんだって!」
「凄いこと、って……」

「弾幕! 雪! 氷! どーんって!」
「却下だ」
 即答すると、チルノは頬を膨らませた。

「えー、絶対楽しいのにー」
「楽しむのはお前だけだろ」
 そのやり取りを聞いていたレティが、静かに口を挟む。

「派手さよりも、“冬らしさ”を活かすのはどうかしら」
「冬らしさ?」
「ええ。雪、静けさ、夜。冬は、それだけで特別な舞台になる。そこに、少しだけ手を加えるの」

 なるほど、と私は顎に手を当てた。
 レティらしい、落ち着いた提案だ。
 さらに、大妖精が遠慮がちに続ける。

「あの……贈り物、という形にこだわらなくてもいいと思います」
「ほう?」
「一緒に何かをする、とか。今日だけの時間を作る、とか……それも、きっと嬉しいはずです」

 三人三様の意見。
 どれも方向性は違うのに、不思議と否定しきれない。
「なるほどな……」

 私は小さく笑った。
 一人で考えていたときには見えなかった道が、少しずつ形を持ち始めている。
「悪くない。どれも、使えそうだ」
「でしょ!」

「冬は、本当にいい季節だな。」
「うまくいくといいですね」
 三人の言葉を背に受けながら、私は空を見上げた。
 白い雲の向こうで、今日はきっと、特別な夜が待っている。

 そう考えるだけで、胸の奥が、少しだけ温かくなった。




 博麗霊夢:


  冬の博麗神社は、音が少ない。
 雪はまだ降っていないが、空気は澄み切っていて、境内に立つだけで耳の奥が静かになる。


 風が吹けば、木々がかすかに鳴るだけ。
 鳥の声すら、今日は遠慮しているみたいだった。
 私は縁側に腰を下ろし、湯気の立つ湯呑みを両手で包んでいた。


 熱が、指先からじんわりと伝わってくる。
「……」
 一口、啜る。
 苦すぎず、薄すぎず。


 ちょうどいい温度で、ちょうどいい味。
 何も考えなくていい時間。
 参拝客もいない、用事もない。
 ただ、冬の神社でお茶を飲むだけ。

 ――最高の時間だった。
 本当に、それだけで十分だったというのに。
「で、なんであんたたちがいるの?」

 いつの間にか、視界に入り込んでいた面子に向かって、私はそう問いただしていた。
 静寂は、あっけなく壊れた。
 魔理沙が立っている。
 その横に、氷の妖精。


 後ろでおどおどしている小さな妖精。
 そして、境内の空気を一段冷やすように佇む、白い女。
 ――さっきまで、誰もいなかったはずなのに。

「クリスマスパーティー、だってさ」
 魔理沙が、いかにも楽しそうに肩をすくめる。
「……聞いてないんだけど」
「そりゃそうだろ。今思いついたんだから」

 私は、じっと魔理沙を睨んだ。
「最低限の相談ってものがあるでしょう」
「霊夢に相談したら、絶対ダメって言うだろ?」
「当たり前でしょ」

 即答すると、魔理沙は満足そうに笑う。
「ほらな」
「なにそれ……」
 額に、じんわりと嫌な予感が広がる。

 その横で、チルノが腕を組んで胸を張った。
「でもさ! お祭りは多いほうが楽しいじゃん!」
「今は静かにお茶を飲んでたのよ」


「えー、もったいない!」
「何がよ」
「冬は寒いから、騒がないと凍っちゃうんだよ!」
 意味が分からない。


 私はため息をついた。
「……あんた、前に温泉凍らせたばっかりでしょうが」
「それはそれ、これはこれ!」
 即答だった。
 反省の色は、見事なまでにない。

「……」
 私は、境内に集まった顔ぶれを、もう一度ゆっくり見回した。
 魔理沙は最初から楽しむ気満々。
 チルノは落ち着きなく空を飛び回っている。


 大妖精は申し訳なさそうにしながらも、どこか期待を隠しきれていない。
 レティは、冬そのものみたいに静かに佇んでいる。
 この状況で「帰れ」と言ったところで、素直に引き下がる面子じゃない。
 それは、長い付き合いで嫌というほど分かっている。

「……はぁ」
 私は、小さく息を吐いた。
「分かったわよ」


「おっ?」
 魔理沙が、即座に反応する。
「ただし」


 私は指を一本立てる。
「騒ぎすぎないこと。神社を壊さないこと。あと――後片付けは全部、あんたたち」
「えー!?」


 チルノが声を上げる。
「それくらい、いいでしょ!」
「よくない」


「じゃあ、半分!」
「全部」
「……ケチ」

「神社の管理は私の仕事なの」
 そう言うと、魔理沙は肩をすくめて笑った。
「はいはい。霊夢様の言う通り」


「軽いわね……」
 でも、その調子が、なぜか少しだけ懐かしくもある。
「それに」


 私は、縁側に置いたままの湯呑みを見る。
 まだ、ほんのり温かい。
「せっかく来たんだから、追い返すのも面倒だし」


「素直じゃないなぁ」
「うるさい」
 そう言いながら、私は立ち上がった。

 最高の静けさは、もう戻らない。
 でも――
 冬の神社で、たまには賑やかになる日があってもいい。
 そう思えなくもなかった。

「じゃあ」
 私は一歩、境内へ出る。
「やるなら、さっさと始めなさい」

 一瞬の静寂のあと――
「やったー!」
「決まりだな!」

 声が弾む。
 博麗神社の冬は、こうして思いがけない形で、少しだけ騒がしくなった。
 それでも、不思議と悪くない。
 ……本当に、少しだけだけど。



 霧雨魔理沙:


 ――よし。
 私は、内心で小さく頷いた。
 霊夢が受け入れた。
 つまり、ここまでは――計画通りだ。

「……な?」
 私は、三人の方をちらりと見て、声を落とす。
「うまくいってるだろ」

 チルノは、得意げに胸を張り、
 大妖精は、ほっとしたように小さく微笑み、
 レティは、相変わらず静かに、けれど確かに頷いた。

 あの後だ。
 温泉の件が片付いてから――私たちは、ただ集まって騒いでいたわけじゃない。
 霊夢に、何か贈ろう。


 それぞれが、そう思っていた。
 だから今日、ここにいる。
「……こっちよ」


 霊夢が言って、居間へと私たちを案内する。
 障子を開けると、冬の冷えた空気とは対照的に、やわらかな暖かさが流れ出してきた。
 部屋の中央には、炬燵。
 赤い布団が、いかにも冬らしい。

「適当に座って」
 霊夢はそう言って、先に炬燵に腰を下ろす。
 私たちも、それに続いた。

 足を入れた瞬間、じんわりとした熱が伝わってくる。
 ……やっぱり、博麗神社の炬燵は反則だ。
「で?」


 霊夢が湯呑みを手に取りながら、私を見る。
「パーティーと言っても、何をするの?」
 私は、肩をすくめた。
「言っただろ。クリスマスだ」
「それは聞いたわよ」

「だからさ」
 私は、三人の方へ視線を送る。
「こいつらも、ちゃんと準備してきたってわけだ」

 一瞬、空気が止まる。
 そして――
 最初に動いたのは、レティだった。
 静かに立ち上がり、白い息をひとつ吐く。


「……最初は、私から」
 レティは、ゆっくりと包みを差し出した。
 冬の気配を思わせる、落ち着いた色合いのそれ。

「派手なものではないわ」
 淡々とした声。
「でも、この季節に、あなたの役に立つはず」

 霊夢は、一瞬だけ目を瞬かせてから、受け取った。
「……ありがとう」
 次に、大妖精が立ち上がる。
 少し緊張した様子で、両手に抱えた小さな包みを差し出した。

「あ、あの……」
 声が、わずかに震える。
「この前のこともあって……ちゃんと、お礼をしたくて」

「大したものじゃないですけど……」
「気持ち、です」
 霊夢は、ふっと表情を緩めた。
「十分よ」

 最後に――
「はいはい、次はアタイ!」
 チルノが勢いよく立ち上がり、どん、と炬燵の縁に何かを置く。


 包み方は少し雑。
 でも、中身を大事にしていたのは、見れば分かる。
「えっとさ!」


 少しだけ視線を逸らして、
「この前はいろいろあったけど!」
「今日はおめでたい日だし!」
「だから、その……喜んでくれたらいいなって!」
 霊夢は、少しだけ驚いた顔をして、


 それから、小さく笑った。
「……ありがとう、チルノ」

 炬燵の中で、空気が少しだけ柔らぐ。
 私は、その様子を見ながら、心の中で呟いた。
 ――ここまでは、完璧だ。
 さて。

 次は、私の番、だな。





  
「さ、そろそろ帰ろうかな~」
 炬燵の温もりが部屋に行き渡った、そのタイミングだった。
 チルノが、まるで思いついたみたいな軽さで、そんなことを言い出したのは。
「え?」


 大妖精が、少し遅れて声を上げる。
「も、もう帰るの……?」
「うん! なんか、やること終わった気がするし!」

 終わった気がする、って何だよ。
 私は思わず口を挟みかけて――やめた。
 嫌な予感が、胸の奥でむくむくと膨らんでいたからだ。

 レティは静かに立ち上がり、外の様子を一瞥する。
「……確かに、長居する空気でもないわね」
「ちょ、ちょっと待て」
 私は三人を見て、声を落とす。


「おいおい、こんなの――」
(こんなの、作戦にないぞ!)
 心の中で叫んだが、言葉にはならなかった。
 流れは、止まらない。

「霊夢さん、今日はありがとう」
 大妖精がぺこりと頭を下げ、
「またねー!」


 チルノは相変わらず軽く手を振る。
 レティは一言、
「良い夜を」


 そう残して、障子の向こうへ消えていった。
 ……あっという間だった。
 居間に残ったのは、霊夢と私だけ。


 さっきまでの賑やかさが、嘘みたいに引いていく。
「……」
 霊夢は何も言わず、三つ並んだ包みに視線を落とした。
「開けていいのかしら」


 独り言みたいに呟いて、最初の一つに手を伸ばす。
 レティの包みだった。
 中から現れたのは、落ち着いた瓶。
「……お酒ね」


 霊夢は軽く息を吐く。
「まあ、あの人らしいわ」
 次に、大妖精の包み。


 丁寧に包まれた、小さな土産物。
「地霊殿で手伝わされた時の記念、ってところかしら」
 そう言って、少しだけ口元を緩める。

 そして、最後。
 チルノの包みを開けた瞬間、霊夢の眉がぴくりと動いた。
「……」

 そこにあったのは、
 どこにでもありそうな――つらら。
 しかも、少し溶けかけ。

「……全く」
 霊夢は、半ば呆れたように呟く。
「あいつらも、ろくなもの送ってこないわね」

 つららを見つめたまま、
「そしてチルノは……何を送ってきてるのかしら」
 私は、何も言えなかった。
 やがて、霊夢の視線が、ゆっくりとこちらに向く。

「で」
 落ち着いた声。
「あんたは、何を持ってきたの?」
「……」

 一瞬、喉が鳴った。
 ここまで来て、逃げ場はない。
 私は観念したように、炬燵の上に置いていた包みを手に取る。

「……これだよ」
 私は渋々、用意していた贈り物を、霊夢の前に差し出した。
 霊夢は、黙って包みを受け取った。

 炬燵の上に置かれたそれを、すぐには開けない。
 指先で包み紙の端をつまみ、確かめるように、ゆっくりと撫でている。
 ――嫌な沈黙だ。

 胸の奥が、じわじわと熱くなる。
 今さら「大したものじゃない」なんて言える空気じゃない。
「……」

 霊夢は、ゆっくりと包みを解いた。
 現れたのは、鮮やかな赤いマフラーだった。
 雪の白に埋もれても、はっきりと映える色。


 派手すぎず、けれど目を引く、あの巫女装束によく似合いそうな赤。
 その瞬間、霊夢の動きが止まる。
「……」

 一瞬、唖然としたように、言葉を失っている。
 眉も、口元も、いつもの調子から少し外れていた。
(……やっぱり、余計だったか)

 そんな考えが頭をよぎる。
 魔法の道具でも、珍しい品でもない。
 ただ、寒い冬に使ってもらえたら、それだけでよかった。

 霊夢は、ふっと息を吐く。
 そして、次の瞬間。
 いつもの、あの落ち着いた表情に戻った。

「……ありがとう」
 短い言葉。
 でも、その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
 部屋に沈黙が落ちる。


 気まずさじゃない。
 無理に言葉を探さなくてもいい、そんな静けさ。
 霊夢は赤いマフラーを手に取ったまま、しばらく何も言わない。
 指先でその縁をなぞる仕草が、妙に丁寧だった。
(……ああ、やっぱり似合ってるな。)

 私はそう思った。
 派手な祝福も、仰々しい言葉もない。
 けれど、長い時間を共にしてきたからこそ分かる距離感が、そこにはあった。
 炬燵の温もりと、静かな冬の空気が、ゆっくりと二人の間を満たしていく。



 レティ・ホワイト:


  博麗神社から少し離れた雪道を、私たちは並んで歩いていた。
 境内の気配が、もう背中から完全に消えている。
 振り返れば、鳥居も、灯りも見えない。
(……予定外、だったかしら)

 魔理沙の顔を思い出し、思わず小さく笑ってしまう。
 彼女の作戦には、確かに「私たちが先に帰る」なんて項目はなかった。
 でも――
 これは、思いつきなんかじゃない。

 チルノが、あの場で「そろそろ帰ろうかな~」と言い出した瞬間、
 私と大妖精は、何も言わずに頷いた。
 脇役は、退散するもの。


 それでいい。
 あの空間に必要だったのは、
 あの二人だけだったのだから。

「いや~、今頃二人、何してるかな?」
 チルノが、相変わらず能天気な声で言う。
 足元の雪を蹴りながら、楽しそうだ。
「炬燵でぬくぬくしてるんじゃないかな……」

 大妖精が、ふわりと笑う。
 空気は冷たいのに、その声は柔らかい。
「それとも、また言い合いしてたりして」
「それもありそう!」

 二人のやり取りを聞きながら、私は黙って歩く。
 元を辿れば――
 私たちがしたかったのは、ただ一つ。

 魔理沙の考えを、実現させてあげたかっただけ。
 霊夢に、ちゃんと気持ちが届く場所を、残してあげたかった。
 だから、三人で連携を取った。


 魔理沙に悟られないように、自然に、静かに。
(きっと、今頃……)

 赤いマフラー。
 炬燵。
 冬の夜の静けさ。
 余計な言葉も、邪魔な存在もない時間。

 私は、胸の奥でそっと思う。
(……素敵な夜を、築けそうね)
 雪は、音もなく降り続けている。


 それはまるで、二人の居場所を包み込むようだった。
 私たちはもう、振り返らない。


 それでいい。
 今夜の主役は、
 最初から、決まっていたのだから。

 風が木々を揺らし、枝に積もった雪が、はらりと落ちる。
 音はなく、ただ静寂だけが広がる。
 幻想郷の冬は、厳しくて、長い。

白と蒼に染まる世界の中で、
 きっとあの赤は、いっそう鮮やかに映えているだろう。
 雪は、今夜も変わらず降り続ける。


 すべてを覆い、守るように。
 ――静かで、穏やかな、聖なる冬の夜として。



 *おまけ


 その日の夜。
 結局は霊夢の一声で、皆が再び博麗神社に集まることになった。誰かが強く望んだわけでもなく、特別な理由があったわけでもない。ただ「せっかくだから」という、霊夢らしい曖昧で自然な一言がきっかけだった。

 居間には炬燵が用意され、簡素な肴と酒が並べられる。霊夢、魔理沙、レティ、チルノ、大妖精。顔ぶれは昼間と変わらないはずなのに、夜というだけで、空気はどこか柔らかかった。

 笑い声は控えめで、誰も大きくはしゃがない。酒もほどほどで、酔いに任せて騒ぐ者はいなかった。それでも、不思議と間が持つ。沈黙が訪れても、それを気まずいと思う者はいない。炬燵の温もりと、外から聞こえる風の音が、ただ静かに時間を進めていく。

 ふと目をやれば、赤いマフラーが炬燵の傍に掛けられていた。昼間よりも少し影を落としたその赤は、夜の静けさの中で、かえって鮮やかに映っている。

 誰もそれについて口にはしなかった。
 けれど、誰もがそれを見ていた。

 言葉にしなくても伝わることがある。
 形にしなくても、確かに残るものがある。

 この夜が、そしてこのクリスマスが、特別だった理由は、きっとそこにあった。

 雪は静かに降り続け、博麗神社の屋根を白く染めていく。
 その下で過ごすこのひとときが、十分すぎるほどの祝福であることを、皆が分かっていた。





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