雲の向こうに想う
8月9日の大阪の空も、少し雲があったが青空も見えて、いいお天気だった。
当初小倉に投下を予定していた原子爆弾が長崎に投下されたのは、厚い雲の切れ間から目標を確認できたから。
そんな話は以前から知っていた。
でも今年、いろいろな方の想いに触れ、いくつかの記事を読んだことで、その事実が色濃く私の中に入ってきた。
私の大好きな青空が。
雲の切れ間が。
あの日は、悲惨な爆心地になるかならないかを分ける境界線だったのだと思うと、空を見上げる気持ちが少し変わった。
私は自称「晴れ女」
でも、本当は太陽というより、雲や風と仲良しだと思っている。
お出かけはだいたい晴れるけど、
先日のお出かけは、珍しく曇り空。
でも、桃があったので、いい感じの曇りでよかった!と皆で言い合う。
田んぼの体験に行く日は、
「あまり暑すぎないといいな。」
と思えば、ちょうどいい曇り空になったり。
夜空を見上げて、
「雲が晴れたら月が見えるのにな。」
と思っていると、するすると雲が流れて月が顔を出したり。
思い込みも甚だしい(笑)
でも、そんな偶然を「今日もありがとう」と思えるのは幸せなことだ。
物事は、受け止め方ひとつでラッキーにもアンラッキーにも変わる。
そう思って、毎日を過ごしている。
けれど、原爆のことは、そんなふうに割り切れる話ではない。
そこには、運や偶然という言葉だけでは到底片づけられない理不尽さがある。
それでも、その悲惨な過去を乗り越えて、今がある。
資料を残し、語り継ぎ、平和を願い続けてくださった方々がいたからこそ、私たちは今、こうして穏やかな日常を過ごせている。
その想いを、ここで止めたり、消したりしてはいけない。
そう思った。
今日という日を、何事もなく過ごせることに感謝しながら、
「受け継ぐ」ということを、自然と考える年齢になったのかな。
そんなことを思った、8月9日だった。
そして今、この暑さの中で復旧や復興のために懸命に作業を続けておられる熊本の方々にも想いを馳せる。
照りつける日差しが少しでも和らぎますように。
雨にはならず、やさしい雲が流れてきますように。
そんなことを願いながら、今日はいい感じの薄曇りの空を見上げた。
