☕『私たちは子どもに「いただきます」をどう教えるべきか』☕
こんにちは!柊紅葉です。💕
夢のマイホームを手に入れた家族。
しかし、隣には養鶏場があった。季節のにおいと、娘が愛でるヒヨコたち。やがてそれが食卓に並ぶ命であることを、親としてどう伝えるか。
この家は、私たちに「命とは何か」「生きるとは何か」という永遠のテーマを突きつけた物語です。
I. 夢のマイホームと、養鶏場

私たちは小さな夢を形にしました。マイホームです。
周囲からのねたみめいた声もありましたが、毎月の家賃を支払うより、この家が家族の未来を守ってくれると信じていました。
広々としたリビングで、娘が走り回る姿を想像するだけで胸がいっぱいになりました。
ただ一つ、計算外だったのは、ご近所との距離でした。私たちの家のすぐ近くには、小さな養鶏場があったのです。
娘が生まれ、家族三人での暮らしが始まると、そのにおいは日常の一部になりました。
季節や天候によっては、ふわっと、時に強く香る、生命力に満ちたにおい。妻と顔を見合わせ、「これも、この家の一部だね」と、笑い合うのでした。このにおいが、私たちに「よし悪し」ではない、何か大切なことを教えてくれているように感じ始めたのです。
II. 娘とヒヨコ:無垢な愛と父の葛藤
娘は、この新しい環境が大好きでした。特に、養鶏場へのお散歩は日課となり、優しいおじさんにヒヨコを見せてもらうのが何よりの楽しみでした。

小さな手を柵の間から差し伸べ、生まれたばかりの黄色い毛玉のような命を愛おしそうに見つめる娘。「ピヨちゃん、また大きくなったね」と話しかけるその瞳は、ただ純粋な愛情で満たされていました。
その愛らしい光景を見るたび、父である私の心は、複雑な思いに沈んでいきました。
——この子たちが、いずれ私たちの食卓に並ぶ命になることを、娘にどう伝えればいいのだろう。
自分が生きるために、他の命をいただく。
それは、人間として避けて通れない、**「いのち」**についての最も大きなテーマです。
この純粋な娘に、その現実を突きつけることが、親としての私にとって最大の葛藤でした。偽りなく、でも優しく、どう伝えればいいのか、言葉を探し続けたのです。
III. 夫婦の問答:命とは?家を建てるということは?
ある夜、私は正直な気持ちを妻に打ち明けました。
「都会にいれば、知らなくて済んだことだ。でも、ここでは隠せない。あの子に、命の犠牲の上に自分が立っていることを知ってもらうのが、怖くてたまらないんだ。」
妻は私の手を取り、温かい目で言いました。
「私たちはね、この命の営みが行われている場所のすぐ隣に家を建てたのよ。これは、私たちが、命の循環から目を逸らさずに、感謝を学びなさいっていう、この土地からのメッセージなんじゃないかしら。」
彼女は、この家を建てたことの真の意味を語ってくれました。
「この家は、ただの資産でも、安定の象徴でもない。娘に、パックされたお肉の向こう側にある命の重さを教え、生かされている感謝を伝えるための、大切な学びの場なんだと思うの。」
この家は、娘に「生きる哲学」を教える場所。その気づきは、私の心に深く響きました。
IV. 決定的な出来事と真実の伝達
そして、その教えを実践する日がやってきました。

娘が特に親しんでいた一羽の鶏が、私たちの食卓に上ることを、養鶏場の方から聞かされました。
私たちは二人で、娘に優しく真実を伝えることを決めました。
妻は、娘を抱きしめ、愛おしそうに話しました。
「ピヨちゃんはね、もうすぐ、私たち家族に大きな贈り物をしてくれることになったのよ。」
私が言葉を継ぎました。感情的にならず、でも真摯に、命が他の命に受け継がれていくこと、その連鎖の中で私たちは生かされていることを説明しました。そして、私たちが命をいただくとき、心からの感謝を伝える義務があるのだと。
娘は涙を流しました。愛する命が、もうそばにいないことへの悲しみでした。
私たちは娘の涙を拭いながら、「ありがとうを伝えることが、命を無駄にしないことなんだよ。だから、大切に、強く生きようね」と繰り返し伝えました。
V. 結び:家と、においと、大切な教訓
数日後の夕食。娘は少し目を赤くしていましたが、食卓につきました。
そして、小さな手を静かに合わせ、目を閉じました。
「いただきます。 ピヨちゃん、ありがとう。」

その「いただきます」は、以前の何倍も、深く、温かく、響きました。
私は改めて、この家を建ててよかったと心から思いました。周囲のねたみや、家賃からの解放だけでなく、この家は、娘に「生きるための最も大切な教訓」を教えるために、ここに建つ必要があったのです。
窓の外から流れてくる養鶏場のにおいは、もう「よし悪し」ではありません。それは、命が懸命に生きている温かい証として、私たち家族の生活に静かに溶け込んでいます。
この家は、私たち家族にとって、感謝と命の尊さを学び続けるための、宝物のような場所となったのでした。
完
如何でしたでしょうか?
この家族が私たちに教えてくれたのは、物質的な安定を超えた、
「生きる」ことの根本的な哲学でした。
都会で暮らしていたら、私たちは永遠にパックされたお肉の向こう側にある命の重さ、そしてその循環から目を逸らしていたでしょう。
養鶏場のにおいは、時に鼻をつくものでしたが、
今では、少女の小さな「いただきます」の言葉に深みを与える、
命の営みの証として、愛おしく感じています。
「自分が生きるために、他者の命をいただく。」
これは、私たちにとって、これからもずっと向き合い続ける永遠のテーマです。この家は、少女にその答えを教える場所として、
夫婦を常に謙虚に、そして感謝をもって生きるよう促してくれています。
皆さんのご家庭では、お子さんに「命」や「食」について、どのように伝えていらっしゃいますか?また、ご自身の暮らしの中で、**「この家(場所)が私に教えてくれた大切なこと」**はありますか。
皆さんのご意見や経験を、コメント欄でぜひお聞かせいただけると嬉しいです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
柊紅葉でした。💖
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お読みになってくださり有難うございます。よろしければ応援頂ければ幸いです。皆様が興味を引く様な記事を書き続けて行きたいと思って折ります。
今後もご期待下さい。❤️