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「そこまでファンじゃなかった」のに圧倒された。ケルンの草間彌生展がすごかった


「今日は休みだし、少し早起きしてどこかへ行こう」
そんな気分で向かったのが、ケルンで開催中の草間彌生展でした。

実は私は、もともと草間彌生の熱心なファンというわけではありません。
もちろん、黄色と黒の水玉、かぼちゃ、ミラールーム――代表作のイメージは知っていました。けれど、今回あらためて展覧会を通して見てみると、そこにいたのは「有名なアーティスト」という一言ではとても片づけられない、ものすごい執念と表現の人生を生きた人でした。

今回は、そんなケルンのルートヴィヒ美術館で観た草間彌生展の感想を、 画像と一緒にまとめてみます。


事前予約はかなり大事。油断するとすぐ埋まる

最近の人気展って、本当に油断できません。
今回もオンライン予約が必要だったのですが、のんびりしていたら11時台、12時台の枠がどんどん埋まっていくのが見えて、慌てて10時入場を確保しました。

結果から言うと、これは正解でした。

会場に着いたのは開場15分前くらい。
その時点では列もまだそこまで長くなかったのですが、待っている間にみるみる人が増えて、気づけばかなりの行列に。
「ちょっと早めに来ておいてよかった」と本気で思いました。

草間彌生クラスの展覧会になると、やはり集客力がすごいです。
もし行こうと思っている方がいたら、できれば2週間くらい前には予約しておくのがおすすめです。


これは さすがに大げさかも。でも15分前行動がおすすめよ。

ケルン駅を降りた瞬間の、大聖堂の迫力

ケルンに行くたびに思うのですが、駅を降りてすぐに現れるケルン大聖堂の迫力は、やっぱり特別です。
しかもルートヴィヒ美術館は、その大聖堂のすぐ裏。


ドドーン

この日は少し肌寒く、空気もぴんとしていて、観光日和というより“美術館日和”という感じでした。
駅から歩きながら大聖堂を横目に見ていると、自然と気持ちが切り替わっていきます。
「今日はちゃんと観るぞ」という、あの静かな高揚感。

展覧会そのものももちろん良かったのですが、ケルンという街の空気と大聖堂の存在感が、草間作品の非日常感と不思議に合っていて、それも印象に残りました。


入ってすぐに広がる、草間彌生の世界

会場に入ってすぐ、もう「草間彌生だ」と分かる世界が始まります。
かぼちゃ、水玉、反復、強い色彩。
写真で見たことがある作品も多いのに、実物はやはり全然違う。

特に印象的だったのは、反復が“模様”ではなく“空間そのもの”になっていることでした。
水玉が壁にある、オブジェにある、床にある、鏡に映る。
そうすると、こちらの感覚まで少しずつ巻き込まれていくんですよね。

「かわいい」とか「ポップ」とか、そういう言葉では足りない。
もっと切実で、もっと強迫的で、それでいてとても魅力的でした。


階段であなたも水玉になる

若い頃の作品と資料が、とても面白かった

今回の展示で特によかったのは、いわゆる有名な“かぼちゃ期”、“水玉期”だけではなく、若い頃からの表現の流れを追える構成になっていたことです。


うすうす思ってたけど、
いいとこのお嬢さんだったのね

昔の作品や資料を見ていると、草間彌生がかなり早い時期から、すでに自分の中のイメージや強いこだわりを抱えていたことが伝わってきます。
後年の代表的なモチーフが、突然生まれたのではないことがよく分かる。


たくさんのファロスを纏うってステキ

私はそこに、一人のアーティストが「売れる表現」を見つけたというより、
ずっと同じ核心を掘り続けてきた人の強さを感じました。

何十年も、一つの感覚やモチーフに向き合い続けること。
言うのは簡単だけれど、実際にやり通すのはとてつもないことです。


「せせこましい松本の人」っていう悪口コラムには笑った。

ニューヨーク時代の前衛性にびっくりした

今回かなり驚いたのが、ニューヨーク時代のパフォーマンスや映像作品でした。

私は正直、草間彌生というと「かぼちゃ」「ミラールーム」「水玉のインスタレーション」という印象が強かったので、
60〜70年代のあの前衛的で身体性の強い表現をまとめて見ると、「こんなこともしていたんだ」とかなり新鮮でした。

映像の中では、ボディペインティングやパフォーマンス、当時の空気を感じさせる自由でラディカルな表現が次々と出てきます。
そこには、後年の“世界的アーティスト・草間彌生”とはまた違う、若くて勢いがあって、時代の最前線に身を置いていた一人の表現者がいました。

ただポップで華やかなだけではない。
時代の熱気や、当時のカウンターカルチャーの匂いまで感じられる展示でした。


メゾン・ド・クサマ

いちばん心をつかまれたのは、やっぱり“あの水玉の空間”

展示の中でも特に人気だったのが、黄色と黒のドットに包まれた大規模インスタレーション。
うねるような巨大なフォルムが空間に伸び、鏡によってその世界が増殖していく展示です。

あの空間は本当に圧倒されました。
写真で見てもインパクトはありますが、実際にその場に立つと、スケール感が全然違います。
人の姿が入ることで、作品の巨大さと異様さが際立つんです。


巨大なウネウネにうっとり

ただし、ここはかなり人気で、場所によっては列も長め。
私は友人と会う予定もあったので、全部をじっくり待つというより、見られる範囲でテンポよく回りました。

それでも十分満足できましたし、
「全部完璧に見なきゃ」と思わなくても、ちゃんと楽しめる展覧会だと思います。


後期の作品は、好みが分かれるかもしれない

一方で、個人的には2000年代以降の作品群は少し距離があったのも正直な感想です。

もちろん色彩は鮮烈だし、エネルギーもある。
でも、私が特に惹かれたのはやはり、かぼちゃや水玉、反復のうねりが強く感じられる時代の作品でした。

後期作品が悪いというより、これは完全に相性の問題だと思います。
展覧会に行くと、こういう「好きな時期」「刺さる表現」が自分の中ではっきりするのも面白いですよね。


私はやっぱりかぼちゃが好き

常設展も強い。ルートヴィヒ美術館そのものが楽しい

今回あらためて思ったのですが、ルートヴィヒ美術館自体がかなり良い美術館です。

草間展だけでも十分満足できるのに、常設も強い。
近現代美術が好きな人なら、知っている名前や「教科書で見た作品」にいくつも出会えると思います。


ちなみに私がうっとりしたのは「縛られたプロメテウス」Gerhard Marcks

さらに屋上に出ると、空気が気持ちよくて、ケルン大聖堂も見える。
しかも屋外には草間作品のオブジェもあって、
あの鮮やかな色とかたちと、重厚で黒ずんだ大聖堂の対比がとてもきれいでした。

美術館の中だけで終わらず、建物の外まで含めて印象に残る体験でした。


ラフレシアか

ミュージアムショップまで楽しい

展覧会の最後のお楽しみといえば、やっぱりショップ。
今回も草間グッズがかなり充実していて、パズルや本、グッズ類など色々並んでいました。

もちろん素敵だったのですが、
限定かぼちゃシルクスクリーンが今なら何と奥さん500枚限定で2400ユーロ(45万ぐらい)、思わず「いや〜、欲しいけど買えな〜い。高い高〜い。もっと安くしてえ、シャチョ〜」と自分の中の有里ちゃんが出てきました。

でも、こういう“買えないけど見るのは楽しい”時間も含めて、美術館っていいんですよね。
作品を観た余韻のまま、本や図録、グッズを眺める時間まで含めてひとつの体験だなと思います。


行ってみて思ったこと

今回の草間彌生展でいちばん印象に残ったのは、
草間彌生という人が、ずっと自分の内側にあるものを手放さずに表現し続けてきたということでした。

有名なモチーフだけを見ていると、ポップで華やかな作家に見えるかもしれません。
でも展示を通してたどっていくと、その奥にあるのはもっと切実で、もっと長い時間をかけて育ってきた表現です。

そして、それが最終的に世界中の人を惹きつける強さになっている。
だからこそ、あれだけ人が集まるのだと思います。

私は今回、
「そこまで詳しくないけれど気になっている」くらいの距離感で行きました。
それでも十分すぎるほど楽しめました。

むしろ、そういう人にこそおすすめかもしれません。
草間彌生を“知っているつもり”だったところから、
「この人、こんなにすごかったんだ」と一歩深く入れる展覧会でした。

ケルンで気になっている方は、ぜひ早めに予約して行ってみてください。
朝の時間帯がおすすめです。


まとめ

早起きしてでも行ってよかった、と思える展覧会でした。

草間彌生の作品は写真でも強いけれど、実際にその空間に入ると、反復や色彩やスケールに圧倒されます。
しかも今回の展示は、ただ有名作品を並べるのではなく、若い頃からの表現の流れまで見せてくれる構成だったので、より深く楽しめました。

「水玉とかかぼちゃの人でしょ?」くらいの認識だった自分が、
見終わる頃にはすっかり引き込まれていました。

ケルンで開催中の草間彌生展、
気になっている方にはかなりおすすめです。



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