オオカミ暗殺計画 〜最後の切り札 赤ずきん〜
プロローグ
かつてこの森は『平和の森』と呼ばれていた。
そこには争いもなく、動物たちは仲睦まじく暮らしていた。
しかし今、この森には恐怖と殺戮の匂いが漂っている。
平穏は崩れ去り、誰もが怯えながら日々を過ごしていた。
すべては、たった一匹の“邪悪な獣”の手によって。
その名は、オオカミ。
鋭い牙と狡猾な頭脳を持ち、森の生き物たちを次々と襲った。
最初に犠牲になったのは、小さな子ヤギたち。
続いて、野うさぎ、ヤマネコ…そして、子豚の三兄弟までも。
かつての平和な暮らしは、もう戻らないのか?
第1章 止まらない悲劇
「くそっ、まただ!」
猟師が拳を握りしめ、地面を蹴った。
その声には怒りと無力感が滲んでいた。
「今度はここから二軒先の子豚の三兄弟がやられた…」
森の動物たちは、皆が顔をしかめて耳を澄ます。
猟師は続けた。
「三兄弟はそれぞれ、藁の家・木の家・レンガの家に身を隠していたが、藁の家の長男と木の家の次男が犠牲に…レンガの家の三男だけが、命からがら逃げてきたらしい。」
静まり返る空気。
そこに、おばあさんがぽつりと呟いた。
「なんてことだい…あの子豚さんたちは、兄弟で仲良く暮らしていたっていうのに…」
お母さんも顔を覆い、涙を浮かべる。
「また、オオカミに…あんまりよ…こんなの、あんまりだわ…」
おばあさんが声を荒げる。
「このこと、“あの組織”には伝えたのかい?駆除申請の許可はどうなってるの?」
猟師は大きく頷いた。
「もちろん伝えましたよ!即刻、駆除申請も提出しました。でも、返答はいつも通り…」
彼は拳を震わせ、絞り出すように言った。
「『絶滅危惧種・日本オオカミの保護を第一優先事項とする。違反すれば厳罰に処す』ふざけた話です!」
おばあさんは地面を睨みつける。
「またそれかい…あいつら、本当に最低だよ!そんなにオオカミを守りたいなら、あの“絶滅危惧種保護団体”の奴ら自身が保護しろってんだ!」
お母さんの声は震え続けている。
「私たちは…これから、どうなってしまうの…?」
そのときだった。
その場にいた誰もが驚くほど強く、まっすぐな声が響いた。
赤ずきんちゃん
「やっぱり!あたしが、やるわ!」
その瞬間、猟師・おばあさん・お母さんの三人は、驚いた表情を見せる。
小さな体に宿った決意の光。
それは、誰よりも強く燃えていた。
第2章 赤ずきんちゃんの決意
お母さんが口を開く。
「赤ずきん…何度も言ったでしょう?それは、本当に最後の手段なのよ。」
おばあさんも強くうなずきながら言った。
「そうだよ。あんたの気持ちはわかるけど、まだ他に方法があるかもしれない。小さなあんたが危険を冒す必要なんてない。」
だが、赤ずきんちゃん続ける。
「子豚さんたちは、私の友達だったの。」
「その前に食べられた子ヤギさん、野うさぎさん、ヤマネコさん…みんな、みんな私の大切な友達だった。」
「だから…あのオオカミだけは、絶対に許せない!」
その瞳に宿った怒りと悲しみ、そして決意に、大人たちは言葉を失った。
しばらく沈黙が流れたのち、おばあさんがぽつりと呟く。
「…決意は固いようだね。」
赤ずきんちゃんに目を向け、静かに言った。
「わかったよ。あんたの覚悟、信じようじゃないか。」
お母さんが驚いて声を上げる。
「ちょっと、おばあさん!何を言ってるの?」
おばあさんは首を横に振った。
「無駄さ。この子の決意はもう、誰にも止められない。」
そして、赤ずきんちゃんに向き直る。
「ただし!作戦に一つ、条件を加えさせてもらうよ。」
赤ずきんちゃんの眉が動いた。
「…条件?」
おばあさんはゆっくりとうなずいた。
「そうだよ。…その条件を話す前に、まずは“作戦”のおさらいをしておこうじゃないか。」
第3章 おばあさんの決意
部屋の空気が張り詰めるなか、おばあさんはゆっくりと語り出した。
「作戦の要点はこうだったね。」
「まず、オオカミの“食べ方の習性”を利用する。あいつは行儀が悪くてね、いつもよく噛まずに丸呑みする癖があるんだ。」
「そこで、赤ずきんがあえて囮になり、オオカミに丸呑みされる。」
「体がまだ小さい赤ずきんなら、無傷のまま飲み込まれる可能性が高い。」
「その間に」
お母さんが引き取る。
「私は赤ずきんが“食べられた証拠品”を持って、絶滅危惧種保護団体に駆け込み、駆除申請の許可を取る。」
猟師も続く。
「そして私は、いつでも駆除に移れるように待機する。」
おばあさんが重ねた。
「私は家の中で待機し、万一に備えて赤ずきんの救出に備える。」
赤ずきんが小さくうなずく。
「小さな人間の子供が犠牲になったとなれば、さすがの保護団体も黙っていられないはず…」
おばあさんは静かに頷いた後、声の調子を少し変えて言った。
「…そして、ここからが新しい“条件”の話だよ。」
「条件とは、私が、赤ずきんより先にオオカミに食べられることだ。」
一同
「えっ!?」
お母さん
「おばあさん、何を言っているの?!」
赤ずきんちゃん
「そうよ!それは私の役目よ!」
おばあさんは、それらを制した。
「まあ、落ち着いて聞いておくれ。」
「確かに、赤ずきん、お前は丸呑みされても無傷でいられる可能性が高い。だが、お前の体は小さい。」
「もしもオオカミの胃袋の中で、すぐに消化が始まってしまったら…誰も助けに行けなくなる。」
「その点、私は平気さ。そう簡単には消化されない年季があるからね。」
「それに…」
おばあさんはやわらかく笑った。
「暗いお腹の中で、一人ぼっちじゃ寂しいだろう?」
「だから私が一緒にいる。二人なら、乗り越えられるよ。」
赤ずきんちゃん
「……おばあさん。」
おばあさん
「それに、この作戦にはもう一つ利点がある。」
「“犠牲者が二人”になれば、保護団体も動かざるを得ないだろうさ!」
猟師
「…なるほど。理にかなっている。」
お母さん
「確かに。リスク小、リターン大だわ。」
赤ずきんちゃん
「でも、本当に大丈夫なの?おばあさん…」
おばあさん
「大丈夫さ。伊達に長生きしてないよ。」
「優しい赤ずきん。お前が来るまで、先にお腹の中で待ってるからね。」
こうして、
4人による“最後の作戦”は、ついに始動した。
第4章 作戦決行
いよいよ、作戦決行の日がやってきた。
赤ずきんちゃんは、深い森の中へと足を踏み入れる。
目的はただ一つ。
自ら囮となって、オオカミを誘い出すこと。
赤ずきんちゃんは立ち止まり、大きく息を吸い込むと、声を張り上げて歌い始めた。
♪ あ〜かい頭巾が 似合うのわ〜た〜し
♪ あ〜かい頭巾が 似合うのわ〜た〜し
(※「あ〜かいきつねとみどりのた〜ぬ〜き」のメロディで)
その声は森の奥深くまで響き渡った。
そして、音に釣られるように、現れたのは、狙い通りの相手だった。
オオカミ
「おやおやぁ?お嬢ちゃん、こんなところで一人で何をしているのかなぁ?」
赤ずきんちゃん
「ひっ……あなたは、オオカミさん!? わ、私は美味しくありませんから、どうか許してぇ……!」
赤ずきんは怯えた演技を始める。
オオカミ
「まぁまぁ、そんなに怯えなくてもいいさ。俺はそんな酷い奴じゃないぜ。」
「少し、話でもしようじゃないか。お嬢ちゃんは、どこかに行く途中だったのかい?」
赤ずきんは、声を震わせながら答えた。
「おばあさんが、最近、体調が悪くてベッドから起き上がれないの。それで、少しでも元気を出してもらおうと、おばあさんの大好きなお花を摘みにきたのよ……」
オオカミ
「なんて優しい子なんだ!お嬢ちゃん、感動したよ。よかったら俺にも手伝わせてくれないか?花摘み。」
赤ずきんちゃん
「まぁ……オオカミさん、なんて親切なの!」
オオカミ
「そうだろう?花を摘みながら、ゆっくり話そうじゃないか。」
二人は森の中を歩きながら、花を摘み始めた。
だが、互いに笑顔を浮かべながらも、
内心では、別のことを考えていた。
オオカミは、獲物をどう喰らうかという“完全犯罪”を。
赤ずきんちゃんは、どうやってオオカミを“計画通りに誘導するか”を。
そう。
これは、命を懸けた騙し合いだった。
第5章 騙し合い
花を摘みながら、オオカミはさりげなく探りを入れた。
「ところで、お嬢ちゃん。ひとりで花摘みに来たようだが、手伝ってくれる人はいないのかい?」
赤ずきんちゃん
「ええ。私はおばあさんと二人暮らしなの。他に手伝ってくれる人なんていないの。オオカミさんが初めてよ。本当にありがとう。」
笑顔を見せながら、赤ずきんちゃんは自然に“二人暮らし”だと強調した。
彼女はオオカミの意図に気づいていた。
自分たちに関わる他の人間がいないかを確認しようとしていることに。
オオカミ
「そうかい。それじゃ、もしお嬢ちゃんがいなくなったら、おばあさんはきっと悲しむだろうね。もちろん、逆もまた然りだ。」
「だったら、二人が仲良く暮らせるように、もっと花を摘んで元気づけようじゃないか。」
言葉は穏やかでも、その裏に潜む“企み”を赤ずきんちゃんは見逃さなかった。
オオカミの頭の中には、既に「計画」が出来上がりつつあった。
赤ずきんちゃんをこの場で襲えば、おばあさんが不審に思うだろう。
それならば。
先におばあさんを喰う。そして、彼女になりすまして赤ずきんちゃんを待ち構えるのだ。
その企みを読み取った赤ずきんちゃんは、さらに一手を打つ。
赤ずきんちゃん
「オオカミさん、本当にごめんなさい。私、さっきまであなたに食べられると思ってたの。ひどい勘違いだったわ。」
「こうして花を摘んでくれて、話をしてくれて…あなたは、見た目に似合わず、いいオオカミさんだったのね。」
オオカミ
「はは、それほどでも。わかってくれて嬉しいよ。」
赤ずきんちゃん
「おばあさんが元気になったら、お礼をしたいわ。ぜひうちに遊びに来て!」
「住所はね、森の中の細い路地を抜けて、2丁目9-1、赤い屋根の大きなお家よ!」
赤ずきんは自然に住所を伝える。オオカミを誘導するために。
オオカミ
「ありがとよ、お嬢ちゃん。近いうちに、必ず訪ねさせてもらうよ。」
赤ずきんちゃん
「ええ、きっと来てね!」
「さて、そろそろ帰らないと。おばあさんが心配するし…もし、いま危険な目に遭っていたとしても、私には知る由もないもの。」
オオカミの口元が、にやりと歪む。
オオカミ
「そうだな。おばあさんを心配させちゃいけない。早く帰って、安心させてあげなさい。」
その瞬間、オオカミの目の奥が光を帯びた。
“オオカミが食べる順番”を決めたのだ。
第6章 オオカミとおばあさん
赤ずきんちゃんと別れたオオカミは、森を駆けた。
目的はただひとつ。
赤ずきんちゃんより先に、おばあさんを“食べてしまう”こと。
そうすれば、おばあさんになりすまし、赤ずきんを確実に仕留められる。
“完璧な計画”
あっという間に、オオカミは家にたどり着いた。
ピンポーン。
おばあさん
「はいはい、赤ずきんかい? 開いてるよ。」
ガチャ。
扉を開けて中に入るオオカミ。
オオカミ
「失礼します。実は赤ずきんちゃんに頼まれて伺ったのですが…」
口調は丁寧、表情は柔らかく。おばあさんにも全て見抜かれているとも知らずに。
おばあさん
「まぁまぁ、ご丁寧にどうも。で?赤ずきんからは、なんと?」
オオカミ
「実はですね……ちょっと大きな声では言いにくいので。少しお近くへ…」
おばあさん
「どうぞどうぞ。さあ、こちらへいらっしゃい。」
距離がじわじわと詰まっていく。
あと一歩、もう一歩――
(よし……このまま一気に!)
その瞬間!
おばあさん
「ちょっと、待ってくれるかい?」
オオカミの動きが止まった。
オオカミ
「…どうかしましたか?」
おばあさん
「あなた…よく見ると、オオカミだね?」
目を細めたおばあさんは、静かに言葉を続けた。
「私はね、目が悪いから、近づかれるまで気づかなかったよ。あんた、まさかとは思うけど、私を食べようとしてるんじゃないだろうね?」
オオカミ
「まっさかぁ!そんなことあるわけないじゃないですかぁ。さ、赤ずきんちゃんの伝言をお伝えしますよ!」
おばあさん
「まぁ、それならいいけれど…これ、見えるかい?」
おばあさんは胸ポケットから、何の変哲もない“スイッチ”を取り出した。
オオカミ
「それは……?」
おばあさん
「このスイッチはね、もし私が食べられるようなことがあれば、自動で保護団体に通報される“特注品”なのさ。」
「あなたの噂は聞いてるからね。いざという時のために備えてあるんだよ。」
(※おばあさんのハッタリ、ただのスイッチである。)
おばあさん
「一噛みでもしたら作動するよ!…まぁ、丸呑みされたら作動しないけどね。」
「でも、さすがのあんたも、私を丸呑みするなんて無理でしょ?」
その言葉に、オオカミの口元がゆがむ。
(甘いな、おばあさん)
(この森で一番大きな口を持ってるのが、誰か知らないようだな)
オオカミ
「…安心してください、おばあさん。あなたを食べるつもりなんて、毛頭ありませんよ。」
おばあさん
「そうかい。ならさっさと御用を聞かせておくれ。」
オオカミ
「ええ、ですから私はね。」
「あんたを丸呑みしに来たんだよッ!」
叫ぶやいなや、オオカミは大口を開けて飛びかかる!
だが、その瞬間
おばあさんもまた、ひとつ息を吸い込むと、自らの体を丸め、自分から、オオカミの口の中へ飛び込んだ!
ゴクッ!!
乾いた喉音が部屋に響き、おばあさんの姿は消えた。
オオカミ
「ふぅ〜、うまいうまい。よし、スイッチも作動しなかったようだな。」
「万が一、スイッチが作動していたとしても…無意味だがな!」
「残念だったな、おばあさん。結局、おれの勝ちだよ。」
そして、彼はベッドへと潜り込み、静かに待つ。
「次は、あのお嬢ちゃんの番だ。」
第7章 有名なセリフ
おばあさんがオオカミに飲み込まれるその瞬間を。
森の外で、それをじっと見守る3人の姿があった。
猟師、お母さん、そして赤ずきんちゃん。
彼らは物陰から一部始終を見届けていた。
おばあさんが飛び込む直前、目で合図を送っていたのを赤ずきんちゃんは忘れない。
作戦は、第一段階を完璧にクリアしたのだ。
赤ずきんちゃん
「お母さん、猟師さん……おばあさんはうまくやってくれたわ。」
「次は私。行ってきます。」
お母さん
「くれぐれも気をつけてね。きっと、おばあさんが守ってくれるわ。私も、すぐに通報に向かうから!」
猟師
「駆除の許可が出たら、すぐに動く!必ず、お前たちを助け出すからな!」
赤ずきんちゃん
「…ありがとう。お願いします。」
覚悟を決めた赤ずきんちゃんは、玄関のドアノブに手をかけた。
ガチャリ。
赤ずきんちゃん
「おばあさん、ただいま!」
ベッドには布団をすっぽり被った“大きなおばあさん”の姿。
もちろん、それがオオカミであることは、赤ずきんちゃんにはわかっていた。
だが彼女は、まるで何も知らないように振る舞う。
赤ずきんちゃん
「おばあさん、寝ているの?具合はどう?」
オオカミ(おばあさんの声を真似て)
「あぁ……赤ずきんかい……おかえり……」
赤ずきんちゃん
「おばあさん、どうしてそんなに声がガラガラなの?」
オオカミ
「それはね、風邪がひどくなって、喉が痛いからさ…」
赤ずきんちゃん
「おばあさん、どうしてそんなに大きなお耳になったの?」
オオカミ
「それはね、お前の声をよく聞くためさ!」
赤ずきんちゃん
「おばあさん、どうしてそんなに大きなお口なの?」
オオカミ
「それはね…お前を食べるためさぁーーーっ!!」
オオカミが勢いよく跳ね起き、牙を剥いて赤ずきんに飛びかかる!
赤ずきんちゃんは、自分の赤い頭巾を、窓の外に向かって放り投げた!
そして、オオカミの口へ自ら飛び込んだのだ。
ゴッ――!
想定通り、オオカミの口に吸い込まれていく赤ずきんちゃん。
だが、頭巾を投げる一瞬に手間取り、足がまだ半分入っていない!
(まずい……口が閉じる!)
そのときだった!
オオカミの喉の奥から、力強い手が伸びてきた!
「早く!」
それは、すでに飲み込まれていたおばあさんの手だった。
赤ずきんちゃんはその手をしっかりと掴み、勢いよく口内へ飛び込む。
直後、オオカミの口がピタリと閉じられた。
ギリギリのタイミングで、二人目の“囮”が飲み込まれた瞬間だった。
赤ずきんちゃん
「おばあさん!」
おばあさん
「危なかったね、赤ずきん。」
二人は、オオカミの腹の中で再会した。
第8章 駆除申請
赤ずきんちゃんが窓の外へ向かって赤いずきんを放り投げ、
そのまま自ら、オオカミの口の中へ飛び込んだ!
猟師は地面を蹴って駆け出し、ずきんをキャッチ。
猟師
「さあ!これを持って!早く!」
お母さん
「はい!」
お母さんは、全身の力を振り絞って走り出した。
向かう先はただひとつ
【絶滅危惧種保護団体:本部】
お母さんは走る。
息が苦しくても、脚がもつれても構わなかった。
「私の苦しみなど、あの二人の恐怖に比べればどうということはない!」
その想いだけが、彼女を突き動かしていた。
そして、ついに本部の扉を叩いた。
バンッ!
お母さん
「すみません!ついに、あのオオカミが人に手を出しました!」
「私の母と娘を、食べたのです!」
「今なら、まだ助かるかもしれません……!駆除申請を、今すぐ許可してください!」
受付の職員は驚いた顔をしつつも、どこか他人事のように答えた。
職員
「お母さん、まずは落ち着いてください。手順として、事実確認が必要です。」
「本当に“人”が襲われたのか、またそれを証明する“物的証拠”があるかどうか……」
「申し訳ないですが、証拠がなければ、私たちも動けないのですよ。」
お母さんは、その言葉を遮るように叫んだ。
お母さん
「証拠なら、あります!」
高々と掲げたのは、赤く染まったずきん。
職員の目が、見開かれた。
職員
「…ちっ。…お母さん、確認ですが、被害者は“あなたのお母様”と“娘さん”の、二人で間違いありませんね?」
お母さん
「はい!間違いありません!」
職員の表情が一変した。
端末を叩き、インカムに向かって叫ぶ。
職員
「現場対応班、直ちに出動!人間二名の犠牲、証拠品の確認済み!」
「お母さん、我々と一緒に現場まで案内を!」
お母さんと複数の団体職員は、即座に現場へ向けて駆け出した。
同時に。
職員のひとりが、ぽつりと呟いた。
職員
「…あの野郎、しくじりやがって。」
その言葉に、お母さんは気づかなかった。
だが、確かに不穏な闇が背後に蠢いていた。
第9章 オオカミの最期
時を少し巻き戻す。
お母さんが駆除申請のため団体本部へ向かった直後、
猟師は一人、銃を手に家へと突入した。
猟師
「やい、オオカミ!そこにいるのはわかってる!」
布団の中から、のそりと起き上がる影――オオカミだ。
オオカミ
「なんだ、猟師さんか。どうしてここが分かったんだい?」
猟師
「そんなことはどうでもいい。今すぐ、二人を吐き出せ!」
銃口をまっすぐオオカミに向ける。
オオカミは、涼しい顔で応じた。
オオカミ
「落ち着きなよ、猟師さん。俺は“保護対象”だ。勝手に駆除しようものなら、あんた、ただじゃ済まないぜ?」
その口ぶりは、自信に満ちていた。
オオカミは知っていた。
保護団体のトップと自分は“裏で繋がっている”。
人間が二人以上犠牲になっても、証拠がなければ、団体は動かない。
例え猟師がすべてを見ていたとしても、証拠がなければ、時間稼ぎで片付けられる。
オオカミ
「…なあ、猟師さん。話し合おうじゃないか。」
「俺だって、駆除なんかされたくない。」
「でも、食べたものを吐き出すのは難しい。…どうだい?あんたが俺の口の中に手を突っ込んで、二人を引っ張り出すってのは?」
猟師
「バカを言うな!口に近づいた瞬間、俺のことも食べる気だろう!」
オオカミ
「だったら、どうする?あんたの銃は…その申請、もう通ってるのか?」
「通ってないのに撃ったら、あんたのほうが犯罪者だぞ?」
猟師の心に焦りが走る。
(お母さんはうまく申請を届けられただろうか?)
(中の二人はまだ無事だろうか?)
時間が、刻一刻と過ぎていく。
猟師
「…本当に、引っ張り出させる気があるのか?」
オオカミ
「ああ、約束するよ。ほら、その銃を下ろしてごらん。」
猟師は一瞬の迷いの末、銃を床に置いた。
オオカミ
「お前、本当にバカだな」
瞬間!
オオカミが飛びかかった!
オオカミ
「口を開けたまま待つなんてできるか!いただきまーす!」
猟師
「うわっ、待て!話が違うっ!」
取っ組み合いになるふたり。
猟師
「この卑怯者め!」
オオカミ
「卑怯?オオカミに卑怯の概念なんかあるかよッ!」
「さあ、お前も腹の中へ入ってもらうぜ!」
オオカミが口を大きく開けた、その時
バンッ!!!
鋭い銃声が部屋に響いた。
オオカミの体がビクンと跳ね、次の瞬間、力なく床へ崩れ落ちる。
倒れ伏すオオカミの後ろに立っていたのは、
お母さんに同行してきた保護団体の職員だった。
職員
「間に合ったか…!」
猟師
「助かった…ありがとう!」
職員
「お母さん!今すぐ、オオカミの腹の中の二人を!」
お母さん
「はい!」
お母さんはすぐに駆け寄り、猟師も手を貸す。
その傍らで、職員は床に横たわるオオカミを見下ろし、つぶやいた。
職員
「…食い意地の張った馬鹿め。お前のせいで、計画は完全に台無しだ。」
最終章 平和が戻った森
「カンパーイ!!」
澄んだ青空の下、森の広場には動物たちが集まり、盛大な宴が開かれていた。
中心にいるのは、猟師、おばあさん、お母さん、そして、赤ずきんちゃん。
すべてが終わったのだ。
オオカミは倒され、赤ずきんちゃんとおばあさんは無事救出された。
長かった闘いに、ついに終止符が打たれた。
おばあさん
「私はオオカミの腹の中から、しっかり見えていたよ。」
「まったく…猟師さんがあんなにあっさり銃を置くとは、肝を冷やしたもんさ。」
お母さん
「私も驚いたわ。駆けつけたら、まさかの取っ組み合いの真っ最中なんですもの!」
猟師(顔を真っ赤にしながら)
「も、もう!その話はいいじゃないですか!こうして無事、森に平和が戻ったんですから!」
赤ずきんちゃん
「うーん…でも結局、猟師さんって、あんまり役に立たなかったわよね?」
猟師
「ぐはっ……!」
一同
「ワハハハハハハ!」
お母さん
「やっぱり、一番の決め手は!この“赤いずきん”だったわね。」
彼女の手には、ほんのり赤く染まった頭巾。
おばあさん
「そうだね。この赤いずきんが、私たちの“最後の切り札”だった。」
「森のみんなから少しずつ分けてもらった血を染み込ませておいたんだからね。みんなのおかげさ!」
「“赤いずきん”が、赤ずきんの命の証となる。これ以上に強い“証拠品”はないさねぇ。」
猟師
「まさに我々の見事な作戦の勝利ですな!」
赤ずきんちゃん
「あれ?確か、猟師さん、この作戦を考えたとき、その場にいなかったわよね?」
猟師
「ギ、ギクッ…!」
「ま、まぁまぁ、細かいことはいいじゃありませんか!ほらほら!」
「さぁ、もう一度!」
一同
「カンパーイ!!」
笑い声が森に響き渡る。
以降、この森にはいつまでも平和が続きました。とさ。
エピローグ
ここは、絶滅危惧種保護団体・本部の一室。
分厚いカーテンで閉ざされたその部屋の中、職員が書類を机に叩きつけるように置いた。
職員
「オオカミめ…この失敗は、あまりにも痛い。」
「これで“森の開発計画”は、少なくとも5年以上遅れることになる。」
絶滅危惧種保護団体。
それは名ばかりの看板にすぎない。
その正体は、リゾート開発を裏で進める“営利団体”だった。
本来の狙いは、“平和の森”を丸ごと買い取り、高級リゾート地として再開発すること。
だが、問題はそこに暮らす動物たちの存在。
生き物が住む森を無理やり開発すれば、反対運動が巻き起こるのは必至。
そこで目をつけたのが、“日本オオカミの保護政策”だった。
オオカミには、森の生き物たちを“合法的に間引く”役目があった。
住民がいなくなった森なら、誰の反対も受けずに開発できる。
表向きは保護活動、裏では駆逐工作。
それが彼らの“ビジネスモデル”だった。
職員
「全て、あのバカなオオカミのせいだ!」
机を叩く。
職員
「まぁいい。次は“虎”でもスカウトするか。もっと派手で、もっと強い。」
「“あの森”はドル箱だ!リゾートにする計画だけは、絶対に成し遂げてみせる!」
だが、
その企みが再び動き出すことは、なかった。
数年後。
一匹の子豚率いる、多くの“支援者”たちの手によって、
この団体は、完全に壊滅させられることになる。
その子豚は、かつてオオカミに二人の兄を奪われた、あの“レンガの家の三男”。
その後、子豚は独自に調査し、オオカミと団体に繋がりがあったことを突き止めたのだ。
彼に賛同し、全面的に協力したのは、
豚肉を“禁忌”とするイスラム教徒たち。
「豚を食らう者に正義はない」
「私たちは、豚の側に立つ」
倫理と信仰が結びつき、巨悪を完膚なきまでに叩きのめしたのだった。
完
