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お幸せにお過ごしください

夫から相続したマンションを手放しました。

築30年の単身用マンションです。

もともとは、夫が会社を設立する時に購入したものでした。

当時は資産がなく、事業資金を借りることが難しかったそうです。

そのために購入したマンションでした。

あの頃の二人は、30年後に私がそのマンションを売却する日が来るなんて、想像もしていなかったと思います。

先日、決済の日を迎えました。

不動産の決済は初めてだったので驚いたのですが、事前に

「すぐに入金確認のできる口座を振込先にしてください」

と言われていました。

当日になって、その理由がわかりました。

買主様側が入金を済ませると、

「入金しました」

と携帯画面を見せてくださり、

ほぼ同時に私の携帯にも入金通知が届きました。

その場でお金が動き、所有権が移っていく。

なんとも生々しい瞬間でした。

買主様は、お嬢様のために購入されたと伺いました。

決済が終わり、管理会社の方から聞かれました。

「何かお伝えしておくことはありますか?」

設備のことや管理のことを伝える場だったのかもしれません。

でも私が伝えたかったのは別のことでした。

私はこのマンションのことを詳しく知っているわけではありません。

けれど、いつも誰かが住んでいてくれました。

管理会社の皆さんにも恵まれました。

理事の役割も気持ちよく引き受けることができました。

たくさんの人のおかげで、このマンションは30年間誰かの暮らしを支えてきたのだと思います。

だから最後に伝えたかったのは、

「お幸せにお過ごしください」

という言葉でした。

管理会社の方は少し笑いながら、

「そんなことを言う売主さんはいませんよ」

とおっしゃいました。

でも、それが私の本当の気持ちでした。

その言葉を口にした時、涙が出ました。

マンションを手放したからではありません。

たぶん私は、30年という時間を見ていたのだと思います。

会社を立ち上げようとしていた夫。

お金の工面をしていた夫婦。

そして、その後に続いた長い年月。

マンションを売ったことで終わったのは、不動産の所有ではなく、一つの物語だったのかもしれません。

手放したのはマンションでした。

でも最後に残ったのは、感謝でした。

長い間、本当にありがとう。

そして、これから暮らされる皆さまが、お幸せにお過ごしくださいますように。

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