「自分軸を現実化する力」が欲しかった。絶望の中にいた僕が、希望への橋をかけるまでの100日間
幸せな家庭、そして独立への道。
周りからは順調に見えるその人生の中で、抱えていた葛藤とは。
今回お話を伺ったのは、JBS1期生のひでさんです。
※JBSとは、ジブンジク・ブレイクスルー・スクールのことです。自分軸で現実を動かすために、人間の原理原則を学び、仲間やコーチ陣と本気本音の関わり合いを通じて、自分史上最高のブレイクスルーを起こすスクールです。
仕事・体調・家族など大きな変化が続き、その中で生き方そのものを見直していたタイミングで、「自分は本当に父親としてやっていけるのか」「この先、自分はどう生きていくのか」という葛藤を抱えていたひでさん。
自分で事業を創る未来が見え始める中で、「現実化する力」が自分には足りないと感じていました。
そんな中で飛び込んだJBS。
「自分には無理だ」と絶望していたところから、希望へ向かうための「橋」をかけられるまでになった100日間で、一体何が起きたのでしょうか。
自分の内側から湧き上がるエネルギーを信じ、手応えのない道」を歩み続ける覚悟を手にした、ひでさんの100日間について伺いました!
【受講前】「父親になる」という得体の知れない葛藤と、現実化する力への渇望
昨年末、私は家を購入しました。
そして今年の春には、子どもが生まれました。
世間一般から見れば、順風満帆で幸せの絶頂にあるように見えるかもしれません。
しかし、体調を崩して仕事の負荷を下げその後休職に入っていた私は、これからの家族との生き方や、自分自身の人生・働き方について考える時間が増えていました。
その当時、私の内側には、言葉にできない、重くどんよりとした葛藤が渦巻いていました。
「自分は本当に、一人の人間として、そして父親としてやっていけるのだろうか」
休職等を通じて社会との繋がりが薄れゆく中で、これからの家族との生き方、そして自分自身の人生の在り方について、これまでになく深く、そして時に暗く想いを巡らせていました。
将来的には独立したり、自分で何かを形にしたりすることも、選択肢の一つとして見え始めていました。
しかし、決定的にそして絶望的に自分には足りていないものがあることも自覚していました。
それは「現実化する力」です。
自分の内側についてはかなり探究してきました。一方で、それを現実の仕事や人間関係の中でどう表現していくかが、自分の課題としてありました。
以前、現実化を進めるために別のコーチングサービスを受けたこともあります。
そこでのアプローチは、「行動できないなら、できるレベルまでアクションの粒度を極限まで下げて、とにかく動きましょう」というものでした。
結果を出すためには正しいアプローチではあると思います。
一方で、そのコーチングを受けても大きくは変われなかったというのも事実でした。
最終的には、自分で覚悟を決めて乗り越えるしかないのだろうと思いつつ「どうすればその覚悟を決められるのか」がわかりませんでした。
そんなタイミングで、主宰のけんせーさんさんからJBSのお誘いを受けました。
けんせーさんとはその前から1年ほど、非常に濃く関わらせてもらっていました。
だからこそ、JBSが単なる行動管理やタスク進捗の場ではなく、人間の原理原則を誠実に扱いながら、深い納得感と共に前進させてくれる場だということは直感的に分かりました。
しかし、JBS受講を検討した時期(2026年3月)は「6月くらいまでは育児に専念しようかな」と考えていた時期でもありました。
育児に専念すること自体が、自分にとって大切な一つの探求になると考えていたためです。
でもそれ以上に、「現実化する力」をどうしても今、このタイミングで培いたかったのです。

自分の中でも、これから会社員としてどう働いていくのか、あるいは別の道に進むのかを含め、今後の働き方を大きく見直していた時期でした。
だからこそ、このタイミングでやってきた波に乗ってみたいと感じました。
また、自分でも人生の転換期にいる感覚があり「今は動くタイミングなのかもしれない」という気持ちが元々あったことも、受講を後押ししてくれたと思います。
しかし絶対的な確信があったわけではありません。
「本当に今の自分にブレイクスルーなんて起こせるのか?」という疑念もありました。
しかし、心がヒリヒリと疼き、内側から「ゴー」という音が聞こえるような感覚に背中を押され、私はこのJBSという環境に飛び込む決断をしました。
【序盤】傍観者からの脱却と、本気の仲間(漢組)との衝突
意気揚々と飛び込んだはずのJBSでしたが、スタートして最初の頃、私は明らかにコミュニティの「輪の外側」にいました。
これまで私が参加してきた心理系や内観系のワークショップは、人生経験豊富な年上の方や女性が多く、緩やかに言葉を置いていくような、ある種「守られた温かい空間」がほとんどでした。
しかし、JBSはそれらの場に比べると、ビジネスの第一線でガンガン行動している20代や30代のビジネスパーソンたちがいました。
彼らが熱量高く発言し、どんどん前進していく姿を見ながら、第一線を降りて育児中心の生活を送っている私は、どこか羨ましさと後ろめたさを抱えていました。
年齢的には上の方である自分が、この熱を帯びた場でどう振る舞えばいいのだろうか?
最初は探り探りの状態で、無意識のうちに「ちょっと斜に構えた、面倒くさいポジション」を取ることで自分を守っていたのだと思います。
「ありのままの自分を出している」と言えば聞こえはいいですが、実際には、少し引いて冷静に分析するような発言をする人が他にいなかったから、そのポジションに落ち着いただけでした。
傷つかない安全圏から、みんなの熱狂を冷めた目で眺めているような状態です。
そんな私に、そして私たちのチームに最初の転機が訪れたのは、5月中旬のことです。私たちが所属する「漢組」というチーム(※)に対して、けんせーさんから鋭い介入が入りました。
「ど直球に伝えると、関わり合いの本気度が全然足りないって感じてます。このまま続けて、自分史上最高のブレイクスルーを起こせるって本当に思えてるんかなって。」
※JBSはチーム制を採用しています。チーム内で、それぞれのブレイクスルーに対して、応援しあったり、時には相手の可能性を信じ厳しいフィードバックも率直にお伝えしたりするような関係性を大切にしています。
その言葉は、見事に私の急所を突きました。
ドキッとしたというより、心の奥底で見ないふりをしていた部分を白日の下に晒されたようなヒリヒリとした痛みがありました。
私自身、チームの中心に馴染もうとはしつつも、心の底からの「本気」を出しているかと言われれば、そうではないことに薄々気付いていたからです。
「漢組」という名前から、私は勝手に「お酒を飲みながら、朝まで泣きながら泥臭く語り合うような、熱苦しい関係性」を期待し、憧れていました。
しかし、実際には私たちはお互いに気付かないくらい遠慮し、真面目かつ紳士的にプログラムを進めようとしていました。
その結果、誰も「自分たちが本当に本気で人生を変えようとしているのか」という核心には触れないようにしていたのです。
傷つくのも、波風を立てるのも怖かったというのが正直なところでした。
このけんせーさんからの介入によって、もうごまかしがきかなくなりました。

それぞれが腹を割って話す一つのきっかけとなったフォローセッション
ここから私の中で、ただ個人の課題をこなすのではなく、「チーム全員で、仲間の助けを借りながらどうやってGOALに向かっていくか」という「コレクティブ・エフィカシー(集団的効力感)」(※)の目線が明確に芽生え始めました。
※コレクティブ・エフィカシー(集団的効力感)とは、「わたしたちならできる!」とチームで強く信じられている状態のことです。JBSでは、一人では越えられない壁をチームメンバーの存在や関わり合いによって越えていくことをとても大切にしています。
チーム内で本音を出せることも増え、自分の弱さや情けなさを開示し合うことで、関わりはさらに深まっていきました。
運営から介入されたこの出来事は、チームが深い関係性へと切り替わってく一つのきっかけとなりました。
【中盤①】逃げ道を断つGOAL宣言と「未来への予約」
その後に行われた中間リアル講義会で、私はJBSの仲間たちの前で自らの「GOAL」を宣言しました。
JBSにおいて「GOAL設定」とは、単なる目標やタスク管理の指標ではありません。
意思の力やアドレナリンに頼らずに、自動でブレイクスルー行動を起こし続けるための仕組みであり、文字通り「未来への予約」です。
これには3つの絶対的な要件があります。
1つ目は、現状(コンフォートゾーン)の完全に外側であること。「やりたい」という純粋な欲求と、「恐い、失敗したらどうしよう」という恐怖が「5:5」で拮抗するような、強烈なヒリヒリ感が両方ある状態です。
2つ目は、インサイドアウトであること。自分の「My動詞」や「ユニークバリュー」が起点になっていなければ、どんな壮大なGOALも他人軸の借り物に過ぎません。
My動詞は、JBS独自の概念です。
自分が昔から無意識にやってしまう、最もエネルギーとパフォーマンス(発揮率)が高まる「独自の身体感覚的な動詞」のことです。
ユニークバリューは、JBS独自の概念です。My動詞をフルに活用できた場合、あなたが社会や周囲に届けている価値のことです。
そして3つ目は、定性GOAL(意味・意義)を先に描き、その次に定量GOAL(指標)を描くという順番であること。数字はあくまで指標であり、その行動の意味を超えてはならないからです。
この要件を満たしたGOALを、みんなの目を見て口に出して宣言する。
それは「もう絶対にやるんだ」と逃げ道を断つ瞬間であり、同時に「みんなもそれぞれのGOALに向かって命を燃やしてやるんだ」という強烈な一体感を生みました。

1 on 1のコーチングの場だけでは、ここまで機能していなかったように思います。
コミュニティ全体で見届け合うからこその「引き返せない環境」が、私の臨場感を一気に高めてくれました。
この宣言があったからこそ、私は自分のサービスを形にし、noteを書き、コーチングのクライアントを募集するという、具体的なアクションへと震える足で踏み出すことができたのです。
これまでだったら、「まだ完璧じゃないから」と言い訳をして絶対にやらなかったであろうアクションです。
【中盤②】日常の摩擦と、その奥に隠された「繋がりたい」という願い
中盤に差し掛かった頃、私の中で最も大きな内面的変容を起こす出来事がありました。それは、プログラムの本筋とは少し離れた、けんせーさんとの日常的なやり取りの中で起きた衝突というか、対峙です。
ある時、私はけんせーさんのコミュニケーションや進め方に対して、自分の中に「小さな違和感」を覚えました。
これまでであれば、私はその違和感を絶対に飲み込んでいました。なぜなら、私とけんせーさんは「教える側と教わる側」という明確な関係性があるためです。
波風を立てて嫌われるリスクを冒すよりは、黙って従っている方が圧倒的に賢い生き方だと思い込んでいました。
しかし、JBSで”本気”に触れ始めていた私は、その違和感を無視せず、自分の感じたことをそのままけんせーさんに伝えました。
そして、二人で1 on 1の時間をとり、お互いのありたい姿についてぶつけ合いました。
それ以降、僕は感じたことをより一層、素直に口にできるようになったのです。

この「現実世界での摩擦」を自ら起こしたことで、私はある事実に気付かされました。
違和感や怒りの奥を辿っていくと、そこに『もっと深く繋がりたい』という大切な願いがあった、ということです。
私の奥底にあったのは「もっとこの人と深く繋がりたい」「表面的な師弟関係ではなく、本当の意味での仲間として関わり合いたい」という、純粋な望みでした。
その願いがあまりにも大きくて大切だからこそ、もし拒絶されたら立ち直れないと考え、逆に自分から関係性を踏み越えることを恐れ、ストップをかけていたのです。
これまでに、カウンセリングや内観ワークを通じて自分の内側を探る中で培ってきたものを、現実の人間関係の中で実際に表現してみると初めて見えてくるものがある、と知りました。
これは自分にとって、内側の世界と現実をつなぐ非常に大きな経験になりました。
【終盤①】手応えのなさと「見えない前進」への気付き
GOALに向けて、私は実際にnoteを公開し、周りの友人たちに「これからの働き方を考えている中で、セッションの構想について話を聞いてフィードバックしてほしい」と相談し始めました。
これも、以前までの自分なら「まだ人に提供できるほどのものになっていないんじゃないか」「迷惑がられるんじゃないか」と勝手にブロックをかけて、絶対にやらなかった行動です。
しかし、勇気を出してアクションを起こせばすぐに結果が出るほど、現実は甘くありません。自分の発信に対して、分かりやすい手応え(数字や反応、申し込み)がすぐに返ってくるわけではありませんでした。
やっていることに本当に意味があるのか分からなくなり、自分の価値を疑い、大波小波のように感情が揺れ動き、ひどく落ち込む停滞期も何度も経験しました。
しかし、noteを公開する事以外にも、各種コミュニティで人とのつながりを増やせるような活動も続けていました。
そんな折、予期せぬ形で某メディアからインタビューの依頼が舞い込んだのです。
活動自体にわかりやすい結果が出ていなかったので手応えを感じられていなかったのですが、一方で、目に見えない前進は確実に起きており、「何も起きていない、わけではなかった」と気付くことができました。
私たちはどうしても、何件成約した、何回読まれた、いくら稼いだといった分かりやすい数字ばかりを前進の証拠として求めてしまいます。
しかし、数字上では見えない影響や、自分自身の器の変化は、手応えがなくても確実に起きています。
手応えがないからといって「前進していない」と切り捨てるのは、あまりにももったいないことなのだと、この出来事から深く学ばせてもらいました。
【終盤②】怖さを抱えながらチャレンジした「セッションの提案」
7月下旬、いよいよプログラムも終盤に差し掛かった頃、私は最後の大きな挑戦をしました。
それは、JBSのチームメイトであるとしきに対して、自分から「セッションをさせてほしい」と提案したことです。
友人関係にある人に自分のサービスを提案することは、私にとって最も避けたいことの一つでした。
「もし断られたら、この人との今の良い関係性が変わってしまうかもしれない」「一回ダメだったら、気まずくなって、もうすべて終わりだ」という、人間関係を失うことへの極端な恐怖があったからです。
しかし、彼の話を聞いているうちに「私のサービスなら、今の彼の状態に対して絶対に力になれる」という静かな確信が生まれました。
その確信に従い、震える声で提案をしました。
結果として、タイミングなどの問題で今は見送ることになりましたが、私が恐れていたように関係性が壊れることなど全くありませんでした。
なお、彼とはその後も同じチームメンバーとして切磋琢磨し、卒業まで信頼関係は変わらず続きました。
この「提案できた」「断られても大丈夫だった」という行為そのものが、私の中の分厚い壁を壊す、とてつもなく大きな前進体験となりました。
【終盤③】卒業プレゼンに命を吹き込む「My動詞」と、割り切れない人生への静かな覚悟
そして迎えた、集大成の卒業プレゼン。
振り返ってみれば、このプレゼンの制作過程にこそ、JBSで学んだすべての要素、そして私自身の葛藤と変容が濃縮されていました。
最初、私は自分の中にある素案や、受講を通じて思ったこと・感じたことをまず出し、それをAIに投げかけながら構成や言葉を整えていきました。
ここで僕の卒業プレゼンのテーマとなった「絶望と希望」や「橋がかかった」という表現が立ち上がってきました。
しかし、いざ声に出して読んでみると、言葉にまだ熱が乗り切っていないのです。
そこで私は、自分の「My動詞」に立ち返りました。
僕のMy動詞は、「探る」「乗っちゃう」「放つ」です。
プレゼンについて、自分の感覚を「探」り、自分のエネルギーを「乗」せて、そのまま外へ「放つ」。
My動詞を意識してプレゼン練習を何度も何度も繰り返していくと、不思議なことに、言葉は熱を帯び、血が通い始めたのです。
AIを使いながら言葉を探り、整えたものを、最後はMy動詞を使うことで、自分の身体と言葉に戻していったような感覚でした。

自分らしいエネルギーを「乗」せて、「放つ」ことができました!
けんせーさんは私のプレゼンや文章について、こう言ってくれました。
「ひでさんの言葉は、展開を作ってどこか遠くへ行ってしまうのではなく、そこに『置いてある感じ』がして好きだ。ずっと大きな湖のほとりで、一緒に座って話してくれているような感覚になる」と。
物語をダイナミックに展開させてA地点からB地点へ引っ張っていくのではなく、私はずっとそこにいて、感じたことをそのまま語る。
それこそが、私のインサイドアウトのエネルギーが最も自然に発揮される状態だったのです。
そして、このプレゼンを作り上げながら、私の中に一つの明確な答えが降りてきました。
「白黒つけられるような割り切れる人生よりも、割り切れない人生の方がいい」
「私はこういう人間です」「これが正解です」と答えを固定してしまった方が、一時的には心地いいかもしれません。
しかしそれは、未知の可能性を捨ててしまうことでもあります。
Aかもしれないし、Bかもしれない。
そんな割り切れない、もどかしい人生を、可能性を残したまま丸ごと抱きしめて生きていく。
その覚悟が、私の中で静かに決まりました。
【ブレイクスルー】世界への「差し出し」と確かに感じた変化
JBSの100日間を通じて、私に起きた最大のブレイクスルー。
それは、「自分の内なる作品(命)を、評価に晒される現実世界へ差し出せたこと」です。
主に、下記3つにチャレンジしました。
① noteを公開した
② 体験セッションを2つのコミュニティで募集した
③ としきに、自分から直接セッションを提案した
特に②は、自分の中でも大きな一歩となりました。
自分の内側にある作品といえるものを、評価や無反応もあり得る現実世界へ差し出すという意味で、自分にとっては初めての挑戦だったためです。
受講前の私は、自分軸で生きられている度合いを10点満点で表すなら、せいぜい3点くらいだったと思います。
それが今は、8点くらいまで来ている実感があります。
確実に、JBSを通じてブレイクスルーを起こすことができました。
一方で、これが「自分史上最高」のブレイクスルーかと言われれば、まだ確信は持てていません。
なぜなら、私が掲げた本当のGOALには、まだ到達していないからです。
しかし、これまで「自分には無理だ」と絶望していた場所から、希望へ向かうための「橋」は、確かにかかりました。
私は今、その橋の上に立って、しっかりと歩みを進めている感覚があります。
【今後のJBS】自分の足で歩き切るためのコミットメント
JBS卒業後、私はまず自分自身のセッションを少しずつ形にし、現実の中で試していくため、卒業生向けの実践コースに参加する予定です。
JBSの中で、けんせーさん、しゅんしゅんさん、岡村さん、隼人さん(上記サポートコーチの4名)、そして何より一緒に進んできた同期の仲間と出会い、共に歩んできたことで、私の中に「一緒に世界観を創っていく仲間」としての意識が強く根付きました。
将来的には、私もJBSのコミュニティの中でメンターなどの役割を担い(※)、誰かの背中を押す存在になりたいという想いがあります!
しかし、だからこそ、すぐにメンターになるのではなく、まずは自分が創り上げた道を自分の足でしっかりと歩み切り、現実としての成果(Have)を掴み取ることが最優先事項だと考えています。
※JBSでは、卒業生がメンターになるためのコースを用意しております。一方で、誰でもメンターになれるわけではなく、メンターコースでの実践トレーニングを経て、高い基準値をクリアし、認定された卒業生のみがメンターになれる仕組みになっています。
【おすすめしたい人】やりたいことは見えているが足踏みしているあなたへ
もし今のあなたが、自分のやりたいことや内面世界はある程度見えているのに、現実世界で足踏みをしているなら、JBSは間違いなくあなたのための場所です。
例えば、「ジブンジク」などのコーチングサービスを通じて、自分のミッションやビジョンを明確にした。でも、それを「どうやって現実のビジネスやキャリアに落とし込めばいいのか分からない」と葛藤している人。
あるいは、自分の外側の正解に合わせてテクニックで結果を出してきたけれど、どこか心が満たされず、くすぶり感を感じている人。
こんな方々には特にJBSをおすすめしたいと感じています。
JBSは、新しい知識を獲得する場所というより、握りしめていた不要なものを「手放す」場所です。
僕は、これまで自己理解などのコーチングサービスに、累計で会社員の平均年収の金額くらい自己投資をしてきました。
そして今回、これまで自分の内側を探究して積み重ねてきたものを、現実の人間関係の中で、実際に行動して試すことができました。
この経験ができたことが、自分にとってJBSの大きな価値です。
これまでの自己投資経験での積み重ねがあったからこそ、JBSでブレイクスルーをおこすことができたとも言えます。
現実から逃げるためではなく、現実と自分の内面の両方に、逃げずに本気で向き合う覚悟がある人にこそ、飛び込んできてほしいと心から思います!

100日間、共にチャレンジしてくれてありがとう!
【GOALへの宣言】手応えのない道を、静かな確信と共に歩む
すでに、絶望から希望への「橋」はかかっています。
道はもう、私の目の前にできています。
あとは、その上をただ歩み続けるだけです。
これまでの私は、一度やってみて手応えがなかったり、断られたりしたら「ああ、もうダメだ」とすぐに引き返し、諦めてしまう人間でした。
でも、今は違います。
歩いている途中で立ち止まってもいい。時には少し後ろに戻ってもいい。
それでも、道が続いていることへの確信があるから、また前を向いて歩き出すことができます。
私たちは無意識のうちに、分かりやすい「手応え」を求めてしまいます。
手応えがないと不安になり、やり方が間違っているのではないかと焦ります。
しかし、自分軸で生きる道を選択した時、最初から手応えや保証なんてあるはずがないのです。
『手応えがないこと』も受け入れながら、それでも自分の内側から生まれたものを現実へ差し出していく。
怖さや迷いがなくなるのを待つのではなく、それらも含んだまま歩いていく。
こんな生き方を今回体得することができました。
手応えという分かりやすい快楽がなくても、私はこの「手応えのない道」を、静かな確信と共に進んでいきます。
それこそが、JBSという泥臭くも温かい場所で見つけた、私だけの生き方なのですから。
