連載20回目:「誰か」の次の問い——デジタルで「何者か」を証明する仕組み
転売サイトでコンサートのチケットを買ったとき、「正規購入者から譲ってもらった」と言われても、それが本当かどうかを確認する手段はありません。「○○会社の者ですが」というメールも、同じです。所属を証明するものが何もない。
身元(誰か)は確認できても、「何者か」——所属、資格、所有権——を、分野をまたいで共通の仕組みでその場で示し、確かめる仕組みは、まだ発展途上であり、完全には実現できていません。
今回の記事では、「属性証明」——その人が何者か、についてご説明します。
前号では、信頼をデータとして組織の壁を越えてつなぐ話をしました。今回は、そのデータに「何者か」という情報を乗せる仕組みを掘り下げます。
1. 「信頼」は、3つの要素でできている
あなたが誰かを「信頼できる人だ」と判断するとき、何を根拠にしていますか。
私は、以下の3つの要素があると考えています。
「誰か」——身元が確かかどうか。
「これまで何をしてきたか」——どんな行動を積み重ねてきたか。
「何者か」——どこに所属し、どんなもの・資格を持っているか。
私たちは、相手を信用に足る人物か判断する場合、直接コミュニケーションを取る他に、相手のバックグラウンド(どんな属性を持ち、どんな行動を積み重ねてきたか)を見て判断します。

第17回〜第19回では、デジタル世界で目に見えない相手が「誰か」を確立し、「これまで何をしてきたか」を記録する仕組みを見てきました。今回は、「何者か」——その人が持っている「属性」を証明する仕組みを掘り下げます。
2. 「属性」とは何か——そして、なぜ今まで証明できなかったのか
属性とは、身元が確立された人(またはモノ)が持つ、付加的情報のすべてです。
資格や免許といった情報のみならず、学歴や職歴、家族構成、現在の所属(職業)、家柄、所有物——私たちの人となりを示すあらゆる情報が、「属性」にあたります。
ただし、「誰か」が確立されていなければ、「何者か」を証明しても意味がありません。 属性は、身元に紐づいて初めて意味を持ちます。
第17〜19回で説明してきた内容は、実はこの属性証明を実現するための土台でもあったのです。
そのうえで、属性を考えるうえで重要な問いが2つあります。
①「その属性があることを、誰が保証するか」
医師免許であれば厚生労働省。学歴であれば大学。所属であれば会社。属性の信頼性は、保証者の信頼性と等しいのです。どれだけ精巧な技術を使っても、保証者が信頼できなければ属性証明は意味をなしません。
②「その属性は、今も有効か」
属性は「静的」ではありません。所属は変わりますし、資格によっては停止や取消しもあります。
また、電子証明書も、氏名や住所などの変更で失効することがあります。
「いつ時点の情報か」「今も有効か」――この時間軸の確認が不可欠です。
身元確認を確立し、2つの問いをクリアすること、それが属性認証に求められる重要課題になります。
3. 属性証明の技術はどこまで来ているか
属性証明の考え方そのものは、決して新しいものではありません。
古くから、「属性証明書(AC:Attribute Certificate)」のように、PKI(公開鍵基盤)に立脚した枠組みは存在していました。
公開鍵証明書と紐づけて発行され、改ざんが極めて困難な仕組みです。ただし、検証の手順が複雑で導入コストが高く、広く普及するには至りませんでした。
近年、属性認証の文脈で注目されているのが、「VC(Verifiable Credential:検証可能な証明書)」です。
VCは、主にEUのデジタルIDウォレットでの活用が想定されています。デジタルIDウォレットを簡単に説明すると、あらゆるユーザの情報を1つのスマホで管理する仕組みです。
EUでは、各加盟国が、市民・居住者・法人向けに少なくとも一つのウォレットを提供する枠組みが進んでいます。利用者は、そのウォレットで本人確認を行い、重要なデジタル文書を保存・共有し、必要に応じて電子署名まで行えるようになります。共有するデータは本人がコントロールし、必要な分だけ提示するという考え方が前提です。
VCが注目される理由は単純です。
「発行者が誰かを暗号的に示せる」こと。もう1つは、「改ざんされていないかを簡単に検証できる」ことにあります。資格詐称や所属詐称が後を絶たないのは、確認コストが高すぎるからです。VCは保証者の電子署名が付いているため、改ざんを即座に検出できます。
また、必要な項目だけを見せる「選択的開示」と非常に相性がよいです。
従来の属性情報は国や企業のサーバーに保管され、本人が開示を制御できませんでしたが、VCは、主に本人のウォレットで管理され、提示の判断は本人が行います——第18回で説明したSSI(自己主権型アイデンティティ)の原則が、ここでも貫かれます。
W3CのVC Data Model 2.0でも、発行者・保有者・検証者の三者モデル、そして失効や停止を扱うための credentialStatus が定義されています。
ただし、VCにも課題があります。
「この発行者を信頼してよいのか」
「どの失効方式を採用するのか」
「国や業界をまたいで、どう相互運用するのか」
これは、技術そのものではなく、信頼フレームワーク、運用、制度、認証、責任分担を明確化する必要がある、という点です。POTENTIAL実証の最終報告書(2025年9月)が「相互運用性は実現可能だが、脆弱だ」と結論づけたのも、この点が背景にあります。
4. 信頼は、モノにも必要です
ここまで「人の属性証明」を見てきました。しかし属性証明が解く問いは、人だけのものではありません。
あなたの家のスマートメーターが、毎日電力会社のサーバーにデータを送っています。そのメーターは「本物」でしょうか。製造番号を偽装した模倣品が紛れ込んでいたら、電力使用量のデータは信頼できません。医療機器が送るバイタルデータが、認定を受けていない機器から来ていたら、医師の判断を誤らせるかもしれません。
「この機器は本物か」「この薬は認定済みか」「この部品はどこで製造されたか」
モノのデータが価値を持つのは、こうした問いが確実に解決できるときだけです。IoT機器がやり取りするデータを安全に使うには、まずその機器自体の真正性が必要だとされています。多くのIoTシステムで使われてきたIDやパスワード、ソフトウェアだけの認証では、複製やなりすましを完全には防げません。
人の属性証明とモノの属性証明が組み合わさると、信頼はさらに強くなります。
たとえば、「認定された担当者が、認定された機器で、確かにその場で取得したデータだ」と分かれば、そのデータの意味は大きく変わります。
これからの属性証明は、人だけで完結する話ではなく、人とモノの両方を含む基盤として考える必要があります。
5. FPoSが目指す属性証明の世界:
過去の属性認証の課題を、もう一度整理します。
属性証明書は安全だが、検証コストが高すぎて普及しませんでした。
後発のVCは、発行者情報、改ざん検知、選択的開示、状態確認の手がかりを持てる、強力な枠組みです。
ただし、「どの発行者を信頼するか」「失効や停止をどう運用するか」は、仕様の外側にある信頼フレームワークや制度設計が必要となります。
FPoSは、この2つの課題を同時に解くことを目指しています。
仕組みの核心は、「身元確認と属性証明を切り離さない」ことです。
日本通信が目指しているのは、厳格な身元確認の上に属性証明を重ねる設計になります。
具体的には、当社の認定電子証明書によって身元確認を行ったユーザに対し、その先に属性証明情報を提供する方法です。「この医師免許は、確かにこの人のものだ」と言えるのは、その人の身元がJPKIで確立されているからです。身元と属性が同じ信頼の連鎖でつながっている——これがFPoSの属性証明の本質です。
さらに、「どの発行者を信頼するか」「失効や停止をどう運用するか」は、仕様の外側にある信頼フレームワークについても、FPoSを基準に構築します。様々なステークホルダーと協力し、EUで課題に挙げられていた「信頼フレームワーク」「制度設計」の問題をクリアしていく想定です。
こういったフレームワーク構築ができるのも、「FPoS」という強力なデジタルトラスト基盤が存在するためです。
さらに、セキュリティ強度を維持しながらも、検証の複雑さを解消する方法も提示します。
当社は、自治体との取り組みの中で、「公開鍵証明書+電子署名を、事業者の代わりに検証する仕組み」を構築・提供しています。
属性の検証についても、この仕組みに重ねる形で構築し、FPoSが検証機能のすべてを代行することで、利用者側のコストをゼロに近づけます。これにより、利便性とセキュリティを両立した仕組みを実現しています。
さらに、属性認証として満たすべき重要な問いである、①「その属性があることを、誰が保証するか」、②「その属性は、今も有効か」についても、解決する手段を準備しています。
実は、FPoSで発行される認定証明書も、上の仕組みを満たしたものになっています。①マイナンバーカードの検証を通じて、利用者の身元をJ-LISが保証し、②J-LIS側が持つ住民票の情報が有効か、定期的に検証・アップデートする、という仕組みを備えています。
属性認証についても、すでに実現している上の仕組みを踏襲したものとなっています。
具体的には、①FPoSで確立した身元情報を用いて、当人が属性を持つことを会社や学校等が保証し、② 資格を失った瞬間に属性証明も連動して無効になる、そんな仕組みを提供します。「昨日まで有効だった医師免許」が今日も通用してしまう——そんな穴を塞ぐ設計です。

さらなる詳細な仕組みは、今後noteの記事で説明します。
FPoS IoT——信頼を、モノへ。
また、「モノの属性証明」の問いに、FPoSはeSIM(eUICC:組み込み型SIMチップ)で答えます。
2026年3月に発表したFPoS IoTは、eSIM内のハードウェアレベルの安全な領域で、IoT機器ごとに唯一無二の秘密鍵を生成・保持します。その鍵と対になる電子証明書が、機器の「身元証明書」になります。スマートフォンのハードウェア保護領域で秘密鍵を生成するFPoSの構造を、そのままIoT機器に適用したものです。
これにより、IoT機器は「ネットワークに接続された機器」から、「ネットワークに接続された、検証可能な主体」へと変わります。
FPoS IoTは、単なる機器認証にとどまりません。eSIMで身元が確立されたIoT機器は、「認定済み医療機器」「認証済み計測器」といった属性を持つことができます。人の属性証明と組み合わせることで——「認定医師が、認定医療機器で計測したデータ」という信頼の連鎖が、デジタルで完結します。
2026年11月開始予定のネオキャリアでは、日本通信自身のeSIMプラットフォームでeSIMを発行します。eSIMの発行権限を持つ通信会社だからこそ、ハードウェアレベルのトラストルートを自社で完結できる。

人の属性証明もモノの属性証明も、同じ「信頼の連鎖」の上に乗せる——これが、日本通信が描く属性証明の全体像です。
次号予告
ここまで、デジタルトラストの仕組みを見てきました。
身元確認、当人認証、電子署名、データ連携、そして属性証明。これらは独立した技術ではなく、一つの体系として積み上がっています。そしてその体系は、人にもモノにも適用できます。
次回は、この体系の「外側」を見ます。
日本通信はこの仕組みを世の中にどう広げていくのか。FPoSの今後の展開構想と、今FPoSはどんなステップにいるのか。皆様が気にしている情報をお伝えします。
【執筆・編集】
日本通信株式会社 事業開発部
高澤 敦紀 2020年に日本通信に新卒入社、2021年にmy FinTech株式会社に兼務出向。コンプラ管理・PM・経営企画その他に携わる何でも屋。
参考資料
eIDAS 2.0(改正EU電子身分確認規則): https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1183/oj/eng
POTENTIAL Consortium最終報告書(2025年9月): https://www.ria.ee/sites/default/files/documents/2025-10/Potential-takeaways-and-lessons-learned.pdf
DC4EU: https://www.dc4eu.eu/
日本通信 FPoS IoT発表(2026年3月): https://www.j-com.co.jp/news/2511.html
