味の素論争に終止符を――伝説の料理人ミシェル・サラゲッタと失われた「あたたか味」について
皿の上で繰り返される「聖戦」
数日前から、SNSの厨房が激しく燃えている。
料理研究家・リュウジ氏と、アンチ味の素派による歴史上何度目かの「味の素論争」巻き起こっている。
リュウジ氏は自身とアンチ派の両方のレシピによる料理を作り、食べ比べる動画を公開した。
僕はこの「料理で揉める」とう光景を懐かしの料理漫画を見るような既視感とともに眺めている。
かつて『美味しんぼ』の山岡士郎が、化学調味料を「舌を麻痺させる毒物」のごとく扱い、日本人の意識に「味の素アレルギー」の種を蒔いてから数十年が経った。
以来、味の素は単なる調味料ではなく、「手抜きか、効率か」「本物か、偽物か」というイデオロギーの踏み絵となってきた。
令和になってもまだこの「踏み絵」を囲んで小競り合いをしているのは、もはや平和な様式美ですらある。
この混乱を、伝説のフレンチ料理人、ミシェル・サラゲッタの言葉を借りて紐解いてみたい。
「人生で起こることは、すべて皿の上でも起こる」
SNSの炎では、フライパンは熱せられない。
料理人が戦うなら、言葉ではなく「皿の上」で決着をつけるべきだ。
サラゲッタの哲学と、海原雄山の「サラダ」
サラゲッタの格言は、ことごとく今回の論争の核心を突いている。
「まずい食材はない。まずい料理があるだけだ」
味の素の主原料であるグルタミン酸ナトリウムに罪はない。
もし料理が「生ごみ」のように感じるなら、それは食材のせいではなく、レシピ(構成)の問題だ。リュウジ氏の「バズレシピ」が、単にその人の口に合わなかったという一点に過ぎない。
また、今回の騒動に付随して「鯛を一匹捌くことが料理の入り口だ」という極めて高いハードルも提示された。それに対する答えも、やはりサラゲッタが用意している。
「トマトに塩をかければ、サラダになる」
思い出してほしい。あの美食倶楽部を主宰する海原雄山も、かつて「至高のサラダ」として、トマトの盆栽を出したことがある。

「皆さんは、あの雄山に逆らうつもりですか?」と、問いたい。
料理の入り口は、技術の多寡ではない。
誰かのために、あるいは自分のためにトマトに塩を振るという手間、その「意志」こそが、原初の入り口ではないだろうか。
究極 vs 至高(テーマ:味の素)
もはやこの騒動は「料理対決」でしか決着がつかないのではないか。
リュウジ氏は反論動画を公開したが、僕たちが見たいのはあんな論理的な検証ではないはずだ。
僕たちが見たいのは料理対決漫画の、あの理不尽なエンターテインメントだ。
究極側(リュウジ氏): 「明日、同じ場所に来てください。本当の味の素をお見せしますよ」と言い放ち、後日、高い位置からキラキラした粒子をスローモーションで振りかけてほしい。
至高側(味の素アンチ氏):「素材の純粋性こそが正義だ」と、天井から吊るした生肉を焚き火で10時間炙って対抗してほしい。
ところが、アクシデントにより、なぜか究極と至高の料理が一つの皿に盛りつけられた料理が完成する。それを食べた審査員が絶叫する。
山岡史郎:「そうです。味の素のグルタミン酸と肉のイノシン酸が合わさることで、うまみは7~8倍にまで増幅します。いわゆる『うまみの相乗効果』というやつです」(この記事の中でこの箇所だけは科学的に本当です)
栗田さん「まぁ……しゃっきりポンだわ!」
京極さん「それに比べて、山岡はんはカスや」
そんな大団円を、僕たちは求めている。
天才料理少年・徳川味の介と、失われた「あたたか味」
しかし、この論争には決定的な何かが欠けている。
ここで、週刊少年マガジンの伝説的料理漫画『天才料理少年 味の介』を思い出してほしい。
あらゆる料理対決を「肉汁を閉じ込めること」だけで解決するこの物語では、ライバルとの激闘の末、審査員みたいな雰囲気のおっさんが敗者にこう問いかける。
「いや…お前にはもう”ひと味” 足りないんじゃないか」
「あたたか味だよ!!」

当時、このセリフは「ダジャレかよ」と冷笑された。しかし、いまの殺伐としたネット上での料理対決を見ていると、この「第6の味覚」が必要に思えてならない。
リュウジ氏の「自炊のハードルを下げたい」という願い、そして相手方の「料理の尊厳を守りたい」という情熱。その根底には、どちらも「あたたか味」があったはずだ。
結論:料理で喧嘩したのなら、料理で仲直りしてほしい
『美味しんぼ』でも『食戟のソーマ』でも、料理対決をした後は、なんだかんだで、わだかまりは解決する。
僕たちは、料理対決とはそういうものだと知っている。
言葉で相手を論破しても、腹は膨れないし後味も良くない。
だから、料理のことで喧嘩するなら、いっそ対決してお互いの料理を食べて、最後は「あたたか味だよ」と、よく分からない納得感で締めくくってほしい。
バファリンの半分が優しさでできているなら、味の素の半分は、きっと「あたたか味」でできている。
ちなみに、ミシェル・サラゲッタという料理人は現実には存在しない。
彼は三谷幸喜のドラマ『王様のレストラン』に出てくる架空の料理人だ。
多分、名言も三谷幸喜が考えたものだと思う。
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