クリエイターとしての寿命について真面目に考えてみた
友人との会話で、「あ、そういう感覚ってわかる!私の初期の作品でも、それについて書いたけどね」と、つい作家気取りの発言をしてしまう。
クリエイターとしての私を知っている友人だが、「ハイハイ」といつも通り軽く流された、笑。
でも、初期の作品というならば、今の私はどの辺りにいるのだろう、とふと考えた。
noteを始めて1年半、360本余りの記事を書いてきた。
最初は、”クリエイター”と名乗るのも恥ずかしかったのに、時と共に厚かましさも加わり、「このままだとクリエイターとして成長できない」とか、クリエイター口調で意見するようになった。
でも、実際には似たような記事が多く、調理法もパターン化してしまい、行き詰まりを感じている。
そんな時に「クリエイターとしての寿命」が頭をよぎる。
創成期、成長期、成熟期みたいに、何か年計画を立てているわけではないけれど、自分が目指す姿にはまだ遠く、道のりは長い。
”クリエイター”として私の目指す姿ってなんだっけ?と自分に問いかけてみる。
それは、人の心に残るストーリーを描ける”クリエイター”になることだ。
「次のATFの作品は何だろう」と思ってもらえるようになりたいし、読者の皆さんにワクワク感だったり、感銘を与えられるようになりたい。何十年かかっても、そこにたどり着けたらそれで十分だ。
引き合いに出すのも気が引けるが、尊敬する作家・松本清張氏は、41歳で作家デビューし、82歳で亡くなる直前まで執筆を続けたそうだ。書くことへの意欲は死ぬ間際まで絶えなかった、とどこかのTV番組でみたことがある。
私の書くことへの情熱はそこまで続くのだろうか。
情熱の熱量と発想力はクリエイターとしての寿命を大きく左右する。
どこまで続くか自分でもわからない。
ただ、能力はさておき、せめてクリエイターとして成長するための努力は続けたい。
今投稿している記事は、粗削りな「初期の作品」だけれど、noterの皆さんには、長い目で読んでいただけたら嬉しい。
