「でも」って言わずに生きてみたい、でも…無理かな?
自分はつくづく損な性格だな、と感じることが多い。
母には『あーいえばこーいうヘリクツの天才』と子供の頃に命名された。
口答えと言えば口答えなのだが、相手の意見に完全に同調できないと、「でもさー」と必ず、自分の意見を伝えてしまう。
中学生の頃に母に小言を言われるたびに反発していた私。要領のいい姉は、「お母さん、今ちょっと忙しいから、後でじっくり聞くね」とその場の衝突は避け、母も数時間後にはすっかり忘れているというパターンが多かった。
私は、正面から受け、真っ向から言い返すタイプだ。
それでも、社会人として20年以上経た今、相手の意見を尊重し、一旦受け止めることの大事さは、心得たつもりだ、笑。
そして今となっては「つべこべ言わずに言うこと聞きなさい」という親の気持ちもよくわかる。
ただ、性格の根っこは変わらない。
反発心が強い私は、特に自分が間違っていると感じたことに対しては、テキトーに聞き流すことができない。
よく言えば、自分の中での”正義感”が働いているのだけれど、第3者からみたら”理屈っぽい”もしくは”面倒な人”にとらえられかねない。素直じゃない私は間違いなく損をしているだろう。
自分の信念を通さず相手に屈してしまったという気分になるのかな。単なる負けず嫌いなのかもしれない。
最近は、年齢とともに、無駄なエネルギー消費も控えているため、不要な議論は避けるようになった。
そしてなにより、話自体も信念や正義をかざすほどたいそうな内容でもない、笑。
意見が違っても、「でも~」ではなく、「なるほど、そういう考えもありますよね」で完結させる。
とはいえ、心の中では、「絶対に屈しない」と息巻く自分もいる。
”でも”は私らしさでもあるけど、もう少し器用に生きられたらどんなに楽だろうか。
あと10年待ってみよう、笑。
