人はどこから“人でなくなる”のか
どんな人間でも必ずいいところはある、という人もいるけど、
根っからの悪人は確実に存在する。
目を覆い、耳を塞ぎたくなるような凶悪犯罪に巻き込まれた人たちのことを考えるといたたまれない。
悪人にも種類がある。
わかりやすい悪人、悪人に見えない悪人、正義をふりかざす悪人だ。
最近Netflixの実録犯罪ドキュメンタリー3作品を立て続けに観た。
どれも悪人が登場していて、かなり胃もたれしてしまった。
簡単に紹介しよう。
一つ目が『外科医パオロ・マッキャリーニ:その歪な愛の姿』
革命的な人工気管の移植手術で世界的に名をはせた外科医。実際は彼の患者は次々と死亡する。お金・女性と派手な生活も露呈し、やがて一つの疑惑が浮上する。
二つ目は『ラバー、ストーカー、キラー』
出会い系サイトで出会った女性にストーカーされる整備士。彼が別の女性と付き合い始めてから、執拗に嫌がらせメールが届く。そして、殺人事件にまで発展する。
三つ目は『今、父を殺しました -ある虐待少年の叫び』
幼少期から虐待され続けて父親を殺してしまった少年。父親はすべてを支配下におき、少年はまともな教育も受けていない。父親を殺害したのは正当防衛なのか。
上記の作品の"悪人"に共通しているのは、強い支配欲だ。そして彼らは、外から見ると、そこまで悪人には見えない。
だけど、彼らに共感できる部分は微塵もない。
あまりにも異質だ。
それでも、ダミアンじゃない限り、彼らも赤ちゃんの時から邪悪な心は持ち合わせていなかったはずだ。こうした悪人はどこから誕生するのだろうか。
育った環境も影響しているのかもしれない。
性善説を信じたいけど、常に世の中をシニカルに見てしまう私は性悪説に近い考えだ。
そして、それは、個人の話に限らない。
世の中全体を見ても、正義という名のもとで、罪のない人たちが犠牲になる戦争をいとわない人たちもいる。そこには悪人という意識すら存在していない。
そう考えると、Netflixに登場した悪人はむしろ「わかりやすい悪人」なのかもしれない。
誰しもがこうした人間の闇を持ちうるのだろうか。
そうは思いたくない。
でも、完全に否定できるとも言い切れない。
人はどこから“人でなくなる”のだろうか。
その答えは、簡単には見つからない。

