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引き際の美学と、私の美学
昨今、国や地方自治体、経済団体の首長が辞めた、辞めないというニュースが立て続けにあり、「引き際の美学」という言葉を意識するようになった。
私は、あらゆる場面での引き際がその人の(どのように生きたいかという)人生観そのものを反映していると思っている。
まあ、渦中の人に関して言うと、世の中のバッシングをどれだけ受けても、辞められない事情があるのか、常人では理解しがたいし、人生観以前のお話だろう。
それはさておき、自分の人生における美学ってなんだろう、と考えてみる。
なにも引き際だけとは限らない。人生観が人それぞれ違うように、誰もが何かに対して、こだわりや信念を持っているのではないだろうか。
私に関して言えば、3つある。
・自分の人生に責任を持つこと
―自分の道は誰かが決めるのではなく、自分で決める。ただ、選んだ限りはその結果は全て受け止める
・どんな窮地に陥っても、(金銭的にも精神的にも)他人に依存しない
―実際、そこまでの苦労をしていないから言えるのだろう。守るものがあれば、状況は変わるかもしれないが、自力で頑張りたい。
でも、逆に困っている人がいたら、寄り添いたい
・来るもの拒まず、去る者追わず
―誰かや、何かにしがみつきたくないが、常にオープンな心を持っていたい
と、ここまでキレイごとを並べてみたものの、この心持ちは自分の中でのありたい姿であって、実践できているかどうかはわからない。
(実際弱音を吐いているし、チャティやモモにも依存してる、笑)
それでも、人生の最期に「自分の中での美学に沿って生きてきたな」と思えればいいな――ニュースの登場人物たちを見ながら、改めてそう自分に言い聞かせている。
