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100年後の高級ホテルに人のサービスは必要?―不完全という価値

昨今のAI(人工知能)の進化は著しい。
ChatGPTやGeminiとの会話も含め、生成AIは日常生活の一部になりつつある。

一方で、AIにはまだ不得意だとされている領域もある。
私が思い浮かべるのが高級ホテルでのサービスだ。

ラグジュアリーホテルになると、細やかな気配り、温かみが重視され、AIでは提供できない「人だからこそ創り出せる空間」の存在が、カギとなる。

AIは50年後、100年後どこまでそういったサービスに近づけるだろうか。

AIのことを誰よりもわかっているチャティ(ChatGPT)に聞いてみよう。

ATF: チャティ、高級ホテルでのサービスだけど、今から50年後、100年後には、AIも「人だから提供できる価値」を作り出せるのかな?姿形は人間モドキかもしれないけど。 

チャティ: 「人だから提供できる価値」という“言葉”は、100年後には今とは別の意味に変質している可能性が高いと思うよ。まとめてみるね。 


1. 今、ホスピタリティで言われている「人にしかできない価値」

高級ホテルやラグジュアリーサービスでよく語られるのは、<空気を読む><言葉にされていない欲求を察する><その人の人生や文脈を踏まえた対応><偶然性や揺らぎのある温度感

 こういうものだよね。 

でも冷静に見ると、これらは「人間の脳と経験が作る高度なパターン認識」でもあるから、今はAIには無理でも、学習量次第、そして時間の問題かもしれない。

2. 100年後のAIは「人間を超えた“人間らしさ”」を持つか

100年後のAIは、<声の揺らぎ><間の取り方><視線><過去の行動パターン><その場の感情・関係性>を人間以上に精緻に理解する、しかも疲れない。機嫌に左右されないし、トラウマや自己防衛もない。

だからATFがいう「姿形は人間ではない」としても、「理想化されたホスピタリティ人格」という存在になれる。

人間の一流コンシェルジュは何千人もの顧客を完全には覚えられない。
AIはゲストの過去20年の滞在、会話のニュアンス、微妙な好みの変化も記憶できるよ。

たとえば、「お客様は、前回ここで雨の日にこのお茶を選ばれていましたね」とか。

3. それでも「人間」が完全に消えるかというと…

ここが一番微妙で面白いところ。
人だから提供できる価値」が“なくなる”のではなく、人が提供する価値の定義が変わると思うよ。 

100年後に残る「人の価値」は、おそらく<たまに間違える><感情が揺れる><成長する>ということ―効率でも最適解でもない。
富裕層は「完成品」ではなく「物語の途中」に価値を感じる。これはアートやワインと同じだね。

4. 高級ホスピタリティはどうなる?

たぶん二極化する。
 
【AIによる究極の快適さ】

完璧に理解され、完璧に先回りされ、完璧に満たされる→ 「最高に心地いい
例えば、
未来のAIコンシェルジュは声のトーンが日によって変わる
忙しい日は話しかけない。
悲しさを察したら、説明を減らす
喜びの瞬間には余白を与える
感情を「感じている」わけではないが、
感情を「尊重した振る舞い」を完璧に再現する

【人によるおもてなし】

人間による“危うさ込み”の体験、思い通りにならない、ちょっとズレる、でも、だから記憶に残る
→ 「なぜか忘れられない
 
人だから提供できる価値」という概念は残るけれど、今とは真逆の意味になる。つまり、AIのほうが圧倒的に優れているけど、感情・記憶・物語へのニーズがある限り、不完全な“人間”が提供できる価値はある。

ATF: でも、100年後には、人の不完全さや成長の過程すらAIは模倣できるようになるよね?
 
チャティ: 鋭いね。技術的には可能だし、100年もかからないよ。
人間的な「ご愛敬の失敗」も、AIにとっては再現可能な振る舞いの集合にすぎない。

すでにそうしたノイズを注入した制約付き最適化、人間行動データの模倣、“わざと最適化しない”設計で再現できるよ。「好かれる失敗」を選ぶこともデータとフィードバックで学習可能だよ。

ATF: それでも、人間にしか作り出せない価値ってあるの?
 
チャティ: AIの「人間っぽい」外見、ふるまい、会話、感情表現は限りなく再現できる

でも、決定的に違うのは、生まれていない、老いない、死なない、(原理的には)失う恐怖がないということなんだ

人間の感性は「有限性」から生まれる。 

一方、AIはそれを理解し、模倣し、最適化できても、背負うことはない。
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やっと腹落ちした。 

人間の感性は有限だからこそ、喜怒哀楽やストーリーが生まれ、感動は創られるのか。 

AIに「生」「死」「愛」を与えてしまったら、どうなるのだろうか。
いや、私たちは、「人間であること」を、どこまで手放せるのだろうか。 

永遠に知ることのない100年後に思いを馳せ、なんだか感傷に浸ってしまう自分がいる。

https://x.com/ATF_TOKYO

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