30代。思考停止人生のつけを精算する
思考停止の成れの果て
30代で悩んでいる人の多くは、
20代に遊びすぎた人か、あるいは、
思考停止して生きてきた人たちだろう。
よへいは後者の典型だ。
職場では、
お利口に生きること、
言われた通りにこなすこと、
常識の範囲内で成果を上げること、
上司の機嫌をとること、
誰でも言いそうな綺麗事を口にすること、
これが仕事だ。
家庭においてはもっとひどい。
自分の趣味を諦め、
妻のご機嫌をとり、
食や酒で発散する。
自分のやりたいことがわからない、
自分の好きなことがわからない、
やりたいことが浮かんでもやる勇気が出ない、
いつもお金や仕事、家族のせいにして逃げる。
死人のような顔で、
人生の全てを悟ったような口ぶりで、
夢や目標も語れず、
子どもたちにも、世間の目を気にして生きろという。
これが、思考停止の成れの果てだ。
自分だけの改札口はどこか考えたことがあるか?
20代の怠惰は思った以上に重くのしかかる。
そりゃそうだ。
毎日自分の殻を破るために必死で生きてきた人と、
思考停止してダラダラと生きてきた人とでは、
差が開かないわけがない。
思考停止族はその他大勢に倣って
右向け右をしているだけ。
自分の人生を見つけれられるわけがない。
あれだ。
ちょうど満員電車を降りて、
改札口に向かう道を、
ただただ人の波に飲まれていれば、
改札口にたどり着けるだろうの精神。
自分の目的地はどこなのか?
人の波に流されずに立ち止まり、
自分だけの改札口を探すべきだった。
お利口にしていれば生きていけると習ったから。
大きな会社に就職して、
家族を持ち、
波風立てずに、安定した生活を続ければ
幸せになれると思っていた。
周りからもそう教えられていた。
だから愚直に守ってきた。
でもそれはただ、自分の気持ちから逃げているだけだった。
自分に素直に生きることは楽な道ではない。
誰も見たことのない景色かもしれない。
道なき道かもしれない。
非難もされるだろう。
苦しいこともあるだろう。
それがわかっているから、
お利口さんにしてきた。
お利口さんにしていれば、
最低限生きることはできるから。
思考停止のつけを払う時が来た
20代の時には気がつかなかった。
自分の生き方に疑問を持たなかった。
でも、ようやく気がついた。
今こそ思考停止人生のつけを払うときだ。
これから行こうとする道は茨の道かもしれない。
あてのない旅かもしれない。
だけど、人の人生を生きるよりはよっぽどいいだろう。
いまこそ、自分と向き合おう。
自分だけの働き方を探そう。
自分にしかできない生き方をしよう。
そう、やっと思考停止のつけを払うときがきたのだ。
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