なぜわたしたちの欲は尽きないのか?
こんなにも物に溢れて豊かな世界は、
いまだかつてないだろう。
よへいは小学2年生でバドミントンを始めたが、
約30年前は、
キッズ用のユニフォームもシューズもなかった。
父にバレーボール用のシューズを買ってもらい、
幼稚園のときに習っていた
コスモスポーツクラブのユニフォームを来て
練習に参加していたのを記憶している
そのせいであだ名は、コスモだった。
それはさておき、当時を思うと、現代は信じられないくらい物に溢れて豊かになっている。
なのに、どうしてもっと欲しいと思ってしまうのだろうか?
今日は欲求について考察してみました。
欲は人間の特性のせい!?
もっとお金があればいいのに。
もっと時間があればいいのに。
もっと生活が楽になればいいのに。
とにかく、欲は尽きることがありません。
井上陽水の楽曲の中にも
「限りない欲望」という歌があります。
「限りないものそれが欲望。
流れ行くものそれが欲望。」
という歌詞からはじまる独特の歌ですが、
これは真理だと思います。
よへいは思いました。
「これだけ欲が尽きないのだから、
人っていうのは、相当深い欲求をもっているのだろう。」
そうぼんやり考えていたとき、
「欲求というよりは、人間の特性のせいかもしれない。」
そう思いつきました。
その特性というのは、
「慣れ」と「飽き」と「刺激」です。
人の特性その1「慣れ」
人は環境に「慣れる」生き物です。
席替えで隣になった人も、
クラス替えで大幅に変わったクラスメイトも、
入学で変わった通学路も、
すぐに当たり前になってしまいます。
家や洋服の匂いも、
通勤電車内の広告も、
工場の稼働する音も、
すぐに慣れてしまうのです。
人の特性その2「飽き」
そして「慣れ」がきた後、
今度は「飽き」がきます。
「今の生活も飽きたな。」
「同じ仕事ばかりでうんざりだな。」
こうなって行くのです。
人の特性その3「刺激」
そして仕上げに「刺激」を求め始めます。
「なにかもっと面白いことはないかな」
「もっといい仕事ないかな」
「もっと便利なものは」「もっと素敵な女性は」
こうなっていくのです。
人は退屈より電気ショックを選ぶ
面白い実験があります。
望月俊孝先生の「魔法の宝地図」に出てくるのですが、
人は退屈より刺激を選択するらいしいのです。
その実験とは
・まず被験者に電気ショックを与える
・次に15分間物思いにふけってもらう。
(スマホはNG)
・その間、希望する人は電気ショックを受けられる。
なんの変哲もない実験なのですが、
この結果が非常に興味深い。
初めの電気ショックでは、多くの人が
「もう嫌だ」と思ったにも関わらず、
被験者200人のうち、2/3の男性と1/4の女性が
電気ショックボタンを1回以上押したというのです。
この結果から、
多くの人が退屈よりも刺激を選んでしまうことが
明らかになりました。
欲求の正体は!?
つまり、欲求の正体は刺激だと思うのです。
「慣れ」て「飽き」てくると「刺激」を求める。
これが欲求の正体なのではないでしょうか。
今日の本題
前置きが長くなりましたが、
欲求の正体を紐解いたところで、
今日の本題です。
それは、
現在の欲求が
心のそこから湧き上がるものなのか?
それとも、
退屈だから刺激を求めているだけなのか?
ということです。
実験における電気ショックは、
本当は受けたいものではありませんが、
退屈するくらいなら受けたほうがましだという
比較の発想です。
大切なのは、比較ではなく、
心の底からそのショックを受けたいと思っているかどうか?
だと思います。
もしショックを心の底から受けたいのであれば、
それがあなたの本当にやりたいことです。
ですが、退屈よりは電気ショックがいいという比較の選択であれば、電気ショックは本当にやりたいことでは無いはずです。
この違いを知っておくだけでも、やりたいことの発見に一歩前進すると思います。
あなたのその欲求は本物の欲求でしょうか?
それともただの一過性の刺激でしょうか?
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