多ければ多いほど幸せという幻想は終わった。これからは、自分に最適な量を求めていく時代。
多ければ多いほど幸せになれるという幻想を持っている人は少なくない。
かくいうわたしもその一人。
たくさん友達がいるほうが幸せ。
便利な家電やグッズに囲まれている方が幸せ。
大きな家を持っている方が幸せ。
フォロワー数が多いほうが幸せ。
たくさんお金があるほど幸せ。
多いほうが幸せという幻想
やはり代表的なものはお金。
お金があるほど幸せになれる。
多くの人はそういう幻想を抱いている。
もちろん憧れる気持ちもわかるし、
そうなりたい気持ちもわかる。
今よりももっと欲しいとも思っている。
お金が大量にあっても幸せになれない例を一つ。
ソフトバンクの孫正義氏は絶頂期に資産が1週間に1兆円ずつ増えていたときのことをこう振り返る。
「バブルの時、1週間で1兆円ずつ資産が増えた。1週間で1兆円ずつお金が増えたらどうなるか。お金を欲しくなくなる、買い物の喜びがなくなる。ほしいな、ほしいけどどうしようかな、という迷いとか、喜びという気持ちがゼロになった。家を買いたい、車を買いたい、洋服買いたい、そういう喜びはゼロ。」
これは極端な例ですが、お金があればあるほど幸せだというのが幻想だと説明するには十分な例だと思う。
自分に必要な量はどれくらいか。
大切なことは、自分に必要な量を把握すること。
お金であれば、楽しめる量を把握することだ。
「あればあるほどいい」というわけではない。迷ったり、悩んだり、手に入れたらどんなに幸せだろうとか、そういう不便さや妄想も楽しみの一つだ。
間違っても、「買い物が楽しくなくなる量」を望んではいけない。
それでもあるにこしたことはない
上記の例のように、確かにありすぎるのは、それはそれで幸せを感じなくなるかも知れない。しかし、それはありすぎた場合の話。
あるにこしたことはない。そうやって生活を豊かにしてきた。今はすごく豊かで恵まれている。
しかし、どうだろう?
学生時代より、社会人になった今の方が稼いでいるしモノも溢れているのに、どこかつまらないなんてことはないだろうか?
お金はあるのにつまらない。
車でどこにでもいけるのに退屈。
お酒も飲めるし、タバコも吸えるし、ギャンブルだってできるのに満足できない。
家族もいるのに、寂しい。
なぜこんなことになるのか?
「多いほうが幸せ」は幻想だと気づいている
私たちはすでに、幻想だと気づいている。
学生時代のほうがお金はなかったけど、幸せだったし希望に満ちていた。
「お金があったらあんなことがしたい。車があったらあんなところに行きたい。好きな人と毎日一緒にいたい。」
こんな妄想をしていたときが一番楽しい。
そうやってわたしたちは、無いなら無いなりに楽しむ方法を模索していたのだ。
そこには自分だけの価値観があった。
大切なのは自分だけの価値観
みんなが楽しいと言っているからやりたいとか、みんなが面白いと言っていたから観たいとか、みんながおすすめしているから買いたいとか、いつのまにか自分主体の価値観ではなくなっている。
大切なことは、自分はどうかだ。自分の価値観を見つけること。
お金だってそう。自分の価値観にあう量が重要。
フォロワー数が多いと幸せだという幻想
ちょっと負け犬の遠吠え感もあるが聞いてほしい。
フォロワー数が多いだけでは幸せにはなれない。
1000人の他人より、10人の仲間。
あなたはどっちを追い求めるだろうか?
物量で幸せになれる時代は終わった。幸せは最適化へ。
世の中にモノが不足していた時代は、モノがあれば幸せになれると思っていた。そのときは、物量=幸せだと思っていた。
しかしどうだろう?
いつでもどこでも美味しい食べものがあり、
安くていいものが大量にあり、
情報を取捨選択することもできるのに、
幸せ?
物量だけでは幸せになれないことは多くの人が気づいている。これからは、自分に合った量を見極めて、幸せを最適化しなければいけない。
幸せはより能動的な営みになるだろう。
これからは、自分だけの価値観に気づけた人が幸せになっていける時代だ。
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