九つのキリスト教諸派
主要なキリスト教に関しては前回紹介したのですが、私たち日本人の間近にあるエホバの証人とか、モルモン教などもキリスト教の一部として『キリスト教がわかる。」で紹介されているので、キリスト教の諸派について簡単にその概要をまとめました。
⒈アナバプテスト(再洗礼派)
アメリカのドラマをみているとたまに登場するのがアーミッシュ。アーミッシュのうち、特に保守的な人々たちがドラマの対象となっているアーミッシュ共同体で、現代文明を一切排除した原始的な自給自足の共同生活を送っている人々。
このアーミッシュがアナバプテスト(再洗礼派)の流れを汲む教派で、バプテスト同様「子どもは自分で善悪を判別できない」という理由から幼年洗礼を否定し、あくまで「自分の意志で洗礼を受けるべき」という成人洗礼を採用。
国家と教会は分離すべきとし、兵役拒否はするし公職にもつかず、絶対平和主義を貫徹。組織の運営は教会員が話し合って決める「会衆制」を基本とするフラットな組織を指向。
⒉クエーカー
クエーカーも今は絶対平和主義者として有名ですが、当初はかなり過激な集団だったらしい。英国人ジョージ・フォックス(1624-1691)が始めた教えで日本では「キリスト友会」と呼ばれています。
その教えは、神の声を「内なる光」とし、人種や性別などに関係なくすべての人に内在すると考えます。したがって彼らはすべての人に対して誰であろうと汝(thee)と呼びかける。
ちなみにフィラデルフィアは、街の創始者(ペン)がクエーカーだったこともあり、クエーカーが多い都市。クエーカーは虚飾を嫌い、正直で誠実なので、商売でも信用を得て成功する人が多く、そのおかげでフィラデルフィアは繁栄したといいます(森本あんり著『反知性主義』114頁)。
また誠実で正直な人々が多いこともあってか少数派であっても社会的に名をなした人が多く、日本では新渡戸稲造や内村鑑三がクエーカーだし、アメリカ第31代大統領フーバー、同第37代大統領ニクソンもクエーカー。
⒊救世軍
救世軍は、日本の神道系の「世界救世教」とはまったく違うキリスト教の教派。
神保町交差点の近くに「世界救世軍」というのがあって「これなんだろう」と思っていたらプロテスタント系の教派だったんですね。
救世軍は英国人ウィリアム・ブースが創始者で1865年ロンドンで誕生。「救霊事業のない社会事業はなく、社会事業のない救霊事業はない」という理念から、救霊(伝道)と社会福祉活動を一体化させた活動が中心。
メソジストの流れを汲む組織で、組織が軍隊形式なのが特徴。「兵士」と呼ばれる一般信者は制服を着用し、クエーカー同様洗礼や聖餐という形式を持たず、14歳を過ぎると誓約書に署名して入隊。
牧師は「士官」と呼ばれ、男女平等で女性士官(牧師)も多いこともあってか士官同士でしか結婚できない。
日本では山室軍平(1872-1940)中心に廃娼運動・孤児救済などに精力的に取り組んでいたという。
⒋ペンテコステ派
三位一体[神、聖霊、神の子(イエス)]のうち聖霊を重視する教派。先進国において歴史ある教派がどんどん会員を減らしていく中でもっとも元気があるのがペンテコステ派だという。
その名称は新約聖書・使徒言行録第二章:復活最期50日めの「五句祭」すなわち使徒たちに精霊が降った「聖霊降臨=ペンテコステ」の日に由来。
20世紀のアメリカで急速に信者数を伸長。
聖書に基づく信仰生活を徹底し信者の生活態度は非常に厳格でバプテスト同様「幼児洗礼」は認めない。心情的な体験を重視しすることから時に手を高く挙げ、体をゆすり、感情をほとばしりながら祈るというスタイル。
集団的恍惚状態や異言(解釈がないと理解不能な聖書の影響による言説)と呼ばれる現象を「聖霊のバプテスマ」と捉えるのを特徴とする。
「異言」がどんなものなのか、ちょっと意味不明で、ネットや生成AIで調べてみたのですが依然よくわからない。
どうやら教会でお祈りしている時に信者が恍惚状態になり、何か意味のわからない言葉を信者が発するみたいです。これが異言で、この異言が精霊が降臨してきたその証拠だということらしい。
⒌クリスチャン・サイエンス
キリスト教における「癒し」を重視する教派。「癒し」というのはイエスが病気や心の不調などを治癒する行為をおこなったその行為のことらしい。癒しは医療に頼るのではなく、祈りですべてを解決すべきというのが教えの特徴。
なぜなら人間は、本来神に似せられた存在であり、神が神に似せて創造した以上、人間は完全なる存在に違いないから、という考えから。
創始者の米国人メアリー・ベーカー・エディは「神の霊的法則を理解することで、病は克服できる」と教えたとおり、クリスチャン・サイエンス専任の治癒師にも助けを請う。
とはいえ、医者に頼らないわけではないようで、手段としての医療は利用するものの、最終的に病を治癒するのは「祈り」に基づく神の愛によって行うもの、としているようです。
⒍ユニテリアン・ユニヴァーサリスト
ユニテリアンとは、キリスト教の主要な教義である三位一節説を取らず、神だけが聖なる存在だとした教派。
東方正教会含めほとんどのキリスト教教派は三位一体説をとっているので、そういう意味ではユニテリアンは相当に異端ではあります。
ユニヴァーサリストの方は、少数のもののみが神に救われるとする「予定説」を取らず、すべての人が例外なしに救われるという「万人救済説」を取る教派。
この両派が合併し、1961年に誕生。
彼らにとってイエスは神ではない。私たち神の子の中でもっとも神に近い人間、そして究極の師として信じ従う、という立場。
イスラーム教のムハンマドも、イエスは預言者の一人として三位一体説を取らず、唯一神(アッラー)だけが聖なる存在だとしているので、そういう意味ではイスラームもユニテリアンだし、ユダヤ教もユニテリアンですね。
ユニテリアン・ユニヴァーサリストは、自由と理性と寛容を重んじ、権威に対して無分別に従うのを嫌うことから自由主義進学の最先端の教派。したがって「かくあらねばならない」という枠組みがないので礼拝様式もここの教会によってまちまちで自由。
⒎セブンスデー・アドベンチスト
日曜日ではなくセブンスデー、つまり土曜日を安息日として聖日礼拝をしながらイエスの再臨(アドベント)を待ち望むという教派。
1830年代に米国人のウィリアム・ミラーが再臨運動を主導し、再臨日予告をしたものの、当然ながらハズレ。とはいえ、その再臨待望信仰は生き続けアドベンチストという教派が誕生。これにミラーの信奉者だったエレン・グールド・ホワイト夫人らを中心に1863年に組織化されたのがセブンスデー・アドベンチスト。
ホワイト夫人を唯一の現代の預言者とし、ユダヤ教徒同様、旧約聖書に準じた食物規定を重視しつつ健康も重視することから、禁酒禁煙はもちろん、菜食主義者が多い。
⒏エホバの証人
2025大阪万博に向かう道でも、フクアリ(ジェフ市原千葉のホームスタジアム)に向かう道でも、自宅の最寄駅でも、どこでも布教活動に勤しんでいるのがエホバの証人の信者。
日本での法人名は「ものみの塔聖書冊子教会」。
信者は野外伝道に費やす時間によってランク付けされるので、これだけ多くの信者が街頭で布教活動をしているわけです。
1879年、米国人チャールズ・ラッセルが、現在『ものみの塔』という名で知られる雑誌を創刊。1884年に正式な組織として誕生。
イエスの再臨を信じ、三位一体説を否定し、神の名を「エホバ」と呼び、「全世界は邪悪なものの配下にある」(新世界訳ヨハネの第一の手紙五・19)として既成の体制や組織を否定し自派への絶対服従を要求する教派。
徹底したトップダウン体制で信者を管理統制。教会堂は「王国会館」、信者の組織や教会ではなく「会衆」と呼ぶ。
1945年から正式な教義となった「輸血拒否」が社会問題に。
⒐モルモン教(末日聖徒)
モルモン教もイエスの再臨を熱心に準備する教派。『モルモン書』と言われる書を発見し翻訳し、1830年に教会を設立したアメリカ人ジョーセフ・スミスを預言者とする教派。
ユタ州のソルトレークシティは、スミスを引き継いだプリガム・ヤングらが信者とともに迫害から逃れて移住し開発した街。
彼らが聖典とするのは新旧約聖書のほか、北米大陸における先住民の歴史を記した『モルモン書』『高価なる真珠』『教義と聖約』。
8歳を超えるとバプテストと同じ浸礼方式で洗礼を受ける。教会のトップはプレジデント(大管長)と呼ばれ預言者という位置付けだから、相当に他の一神教とは異なる。預言者とは神の言葉を預かる人のことで、モーセやイエス、ムハンマドと同じわけだからモルモン教はまったくの異端な教派。
多神教とも取れる教義を展開し三位一体の解釈も違うとのことで、正統派を自認する教派(カトリックや長老派などの主要プロテスタント)からは、エホバの証人や旧統一教会同様、キリスト教とはもはや「別物」と思われているそう。
ただしモルモン教がエホバの証人と違うのは、教育熱心で愛国的であることから特にアメリカにおいて政財界で活躍する著名人が多いこと。一時大統領候補になったロムニー元ミシガン州知事や、世界的ホテルチェーンのマリオット創業者などもモルモン教徒。
ちなみに日本で芸能活動していたケント・ギルバートもモルモン教徒ですが、彼の政治信条が保守的なのはモルモン教徒だったからなんですね。この辺りも興味深い。

以上、最後のエホバの証人とモルモン教に関しては、キリスト教徒といっても、ほぼ別の新興宗教と呼んでもいいくらい信条が違うなど、キリスト教をルーツとする新興宗教は韓国の旧統一教会含め、無限に生まれそうです。
以下著作『完全教祖マニュアル』によれば、手っ取り早いのは既存の宗教の派生で教祖になるのが一番現実的といっている点もまさに歴史が証明している、ということかもしれません。
また、こうやってみると、今に生きるほとんどのキリスト教諸派は、英米発祥が多く、活動もアメリカが中心。ヨーロッパ大陸発祥のキリスト教がほとんどないというのも興味深い。
ヨーロッパ大陸では、1517年宗教改革が始まってカトリックのキリスト教世界が瓦解し始め、1789年フランス革命を契機にキリスト教の時代が終焉。
その活動は、英米というか特にアメリカにその中心が移ったということなのかもしれません。
*タイトル写真:カラバッジョ作「聖マタイの殉教」
ローマ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(2025年6月撮影)
