財布を盗んだ彼を追い出した私が、 犬まみれの平和にたどり着くまで
——正論では、人とは暮らせなかった
1 財布からお金が消えた日
財布を盗んだ彼を、荷物ごとドアの外へ放り出した日のことを、今でも覚えている。
仕事のつながりで出会った当初、彼がそんな「ダメ男」だなんて1ミリも思わなかった。
元サラリーマンで、介護業界に入ってきた彼は、「将来は介護施設を経営したいんです」と話していた。職場での振る舞いもしっかりしていて、見た目もきちんとしていた。いわゆる、外面のいい人だったのだと思う。
彼から声をかけられ、少し仲良くなってみようかなと思った。それが始まりだった。
付き合うことになり、私の家に遊びに来た流れで、彼はそのまま帰らなくなった。同棲といえば聞こえはいい。けれど、野心あふれる好青年のメッキは、あっという間に剥がれ落ちた。
彼は仕事には行く。けれど、「経営がしたい」と言うわりに、努力や勉強は大嫌いだった。相談してくることはあっても、こちらが何か言うたびに理由をつけて動かなかった。毎日のように仕事の愚痴を言い、変わりたいようなことを言いながら、何も変えない人だった。
良いところを探そうとしたこともある。でも当時の私には、ほとんど見つけられなかった。
デートもなければ、イベントもない。彼は一日中テレビを見て、ゴロゴロと過ごしていた。夜中になると起き出してきて、冷蔵庫にあるものをきれいに平らげた。
お金にもルーズだった。
「財布を忘れた」
「財布を落とした」
「財布をなくした」
彼は息を吐くように、見え透いた嘘を繰り返した。
なぜそんなにお金がないのか、当時の私には、本当の理由がまったくわからなかった。決定打になったのは、私の財布から彼がお金を盗んだことだった。
私は完全にブチギレた。
合鍵を取り上げ、彼の荷物をすべてまとめると、ドアの外へ容赦なく放り出した。
「二度と来るな」
そう言って追い出したものの、彼は何度か家の前で朝まで寝ていた。そのまま放置するわけにもいかない。ご近所の目もある。恥ずかしさと疲れで、私は結局しぶしぶ家の中に入れてしまう。
別れ話は、何度もした。けれど彼は、こちらが「もう別れない」と言うまで話を終わらせなかった。夜が明けても、同じ話が続いた。私が怒っても、泣いても、黙っても、彼は引かなかった。
好きだから許した、というより、しつこさに根負けしていたのだと思う。
もう一回だけ様子を見よう。
今度こそ変わるかもしれない。
そうやって私は、自分でも呆れるくらい同じ場所に戻っていた。
2 ポストに入っていた紙幣
何度目かの窃盗が起きたとき、私はついに本気で別れを決意した。
彼の荷物をすべて箱に詰め、彼の実家へ送りつけた。そして彼の親に宛てて、ことの顛末と事情をすべてメールで伝えた。
さすがに彼も観念したのか、大人しく実家へ帰っていった。
これでやっと終わった。
そう思っていた数日後から、奇妙なことが起き始めた。私の家のポストに、定期的にお金が入るようになったのだ。彼からだった。
返そうにも、彼の口座を知らない。「困るし、返す」と連絡を取り、返金するために彼と直接会うことになった。
会うなり、彼はテンプレートのような言葉を口にした。
「今度は絶対ちゃんとするから」
私は心の中で、「絶対に無理だろうな」と思っていた。
でも、そのときの私には、別の言葉が引っかかっていた。
実家に戻っていたあいだ、親に問い詰められた彼は、こんな不満を漏らしていたらしい。
「なんでパチンコも自由に行ったらあかんの?」
普通なら、「お金を盗むからに決まっているだろう」と切り捨てて終わる話だ。実際、盗んだ彼が悪くないわけではない。そこを曖昧にするつもりはない。
それでも、その言葉は私の中に残った。
自由に行けない。
その感覚を、私はどこかで知っていた。
3 私は、正しさで人を縛っていた
「パチンコをやめないなら別れる」
あまりの素行の悪さに、私は彼にそう言い渡していた。
だから彼は、私に内緒でパチンコに通い、嘘をつき、お金を盗んだ。行動を制限されると、人は隠れて嘘をつくようになる。
その心理を、誰よりもよく知っていたのは私自身だった。
子どもの頃、私の家には安全な場所がなかった。机の中も、ランドセルの中も、服のポケットまで母に見られていた。外へ遊びに行くことも、自由には決められなかった。どこへ行くにも母の許可が必要で、その許可が下りることはほとんどなかった。
九十点未満のテストは家に持ち帰ることができず、私はそれを学校のお道具箱に隠し、翌日トイレの個室で細かくちぎって水に流した。
親の厳しい管理と制限に反発し、どうにか目を盗み、息を潜めていたあの頃の私。
「なんで自由に行ったらあかんの?」
そう文句を言う彼の姿に、私は反抗的な気持ちを抱えていた過去の自分を見ていた。
私は、彼のためを思って怒っていたのだろうか。
たぶん、違う。
「私の思い通りに動かない彼」が許せなかったのだ。
正論という名の鎧を着て、彼をコントロールし、自分が安心したかっただけだった。
無意識のうちに、私はかつての母と同じように、監視して、制限する側に立っていた。そして彼を、嘘をついて反抗する子どもの位置に押し込んでいた。
そのことに気づいたとき、正論で彼を追い詰めるのが、急にばかばかしくなった。
4 「行っていいよ」と言えた日
私は、彼をコントロールすることを手放す実験をしてみることにした。
試しに、彼にこう伝えた。
「自分のお小遣いの範囲で、私に一切迷惑をかけないなら、行ってもいいよ」
ただし、今度金銭トラブルを起こしたら、本当にそれが最後。ルールはそれだけにした。
それ以降、私は彼がパチンコに行くことに対して、ガミガミ口を出すのをやめた。相手の課題と、自分の課題の間に、はっきり線を引いたのだ。
すると、少しずつ変化が起きた。
私の財布からお金がなくなることは、それ以降なくなった。あれほどルーズだった彼が、生活費を折半で入れるようにもなった。
それが成長だったのか、単に反発する理由がなくなっただけなのかは、今でもよくわからない。
けれど少なくとも、私の財布からお金が消えることはなくなった。彼が出かけるたびに、財布の中身を何度も確認することもなくなった。パチンコに行くと言われても、胸の奥がざわつくことは少しずつ減っていった。
5 「もういいやん」に崩された鎧
彼と出会った頃の私は、親と絶縁したあとで、精神的にかなり不安定な時期にいた。
ちょうどセラピーを受けた直後で、先生からは「時間をかけてよくなっていきます」と言われていた。心理学の知識はあった。けれど、それを自分の生活の中で使えるほど、まだ回復してはいなかった。
彼に境界線を引けるようになったのは、そこから少しずつ時間が経ってからだった。
でもそれ以上に、彼の存在そのものが、私の完璧主義を強制的に緩めてくれた部分も大きい。
彼は、私に何かを求めてくる人ではなかった。たぶん、人に求めると自分も求められることになるからだと思う。優しさというより、彼なりの防衛だったのかもしれない。
それでも、その何も求めてこなさに、私は少しずつ力を抜いていった。
昔から私が何かを頑張ろうとしたり、一人で気を揉んだりしていると、彼は必ず邪魔をしてきた。
「もういいやん。寝とこうやー」
「とりあえずちょっと横になり」
「別に今日じゃなくてもいーやん」
最初は、「こっちは真剣にやってるのに」と苛立っていた。でも、あまりにも彼が全力で怠けようとするので、だんだんとその雑なペースに巻き込まれていった。
今日やらなくても死なない。完璧じゃなくてもいい。一度横になっても、世界は終わらない。
それを彼は、横で身をもって証明し続けてくれた。
それまでの私は、どちらかといえば「スペックが高い」と呼ばれるような人たちと付き合うことが多かった。彼らにふさわしい自分でいるために、私も常に完璧でいなければならない気がしていた。
ちゃんとしていて、仕事ができて、話が通じて、相手に釣り合う私。
そんな自分でいるために、私はずっと息を切らして走っていたのだと思う。
もし、あのまま理想的なパートナーだけを追い求め続けていたら。この、理想とはだいぶ遠い彼と出会っていなかったら。
私は今でも、見えない鎧を着たまま、どこかで倒れるまで走り続けていたかもしれない。
たまに、本気でそう思う。
6 犬まみれの平和
今、私と彼は、窓の少ない要塞のような平屋で一緒に暮らしている。
今の暮らしも、決して理想的とは言えない。仕事のことも、もう少し頑張ってくれたらいいのにと思う日がある。何かあったとき、この人には頼れないかもしれないと不安になることもある。
彼は今でも、毎日のように職場の愚痴を言う。昔の私は、その愚痴を真正面から受け取って、どうにか解決しようとしていた。
でも今は、同じ話がぐるぐる回り始めたところで、「それで、どうしたいの?」と短く返す。答えが出ないなら、その話はそこで終わりにする。
彼はたぶん、根っこの部分は今もあまり変わっていない。変わったのは、私の心の使い方の方だったのだと思う。
だから不思議と、昔ほど腹は立たなくなった。
彼は今でもパチンコに行く。けれど昔のように、嘘をついて隠れて行くことはなくなった。出かける前には、少し様子をうかがうように聞いてくる。
「今日、いってきていい?」
「いーよ。いってきたら」
私がそう送り出すのが、今ではすっかり日常の風景になった。
彼なりに気を使っているのか、勝って帰ってきた日は機嫌がいい。勝った金額に応じて、コンビニのジュースやお菓子を奢ってくれたり、生活費を少し多めに入れてくれたりする。
彼は決して、人生を力強くリードしてくれる理想のパートナーにはならなかった。ソファーで犬の下敷きになって、テレビを見ている適当な同居人のままだ。
でも、犬たちにとって彼は最高の仲間らしい。
一度ソファーに寝転ぶと、彼は微動だにしない。犬たちと同じペースで、ずっと横になっている。そのうえ、犬の歯磨きやブラッシングなど、嫌がる世話は一切しない。
犬たちからすれば、彼は「絶対に自分に嫌なことをしない安全なベッド」に他ならない。
私の財布からお金を盗み、何度も家から追い出されていた彼が、今は勝った日に百数十円のジュースを買って帰ってくる。ソファーに寝転んだ彼の上では、犬たちが安心しきって眠っている。
その光景の方が、私にはよっぽど価値があって、平和だった。
正論では、人とは暮らせなかった。
だいぶ雑。
でも、平和。
彼は今日も、ソファーの上で犬たちの下敷きになっている。たぶん本人も、まんざらでもなさそうな顔をしている。
彼の「もういいやん」と、犬たちの足音が響くこの家の中には、完璧な恋愛でも、理想のパートナーシップでもない、私たちだけの変な生態系が確かに根付いている。
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