【メタ認知習慣化作戦*0】 序章
先日から、「メタ認知」に関する記事を「能力UP作戦シリーズ」のひとつとして書こうとしているのだが、オリジナリティがある内容にしたいので、あーでもない、こーでもない、と、かなり四苦八苦している。
そこでまずは、そもそも「メタ認知能力」ってなに? という超基本的なことを改めて検証。下記の考察に至った。
メタ認知の本質は、「じぶんを客観視する行為」と「そこから得られる気づきや習慣」を「自己対話のループ」として繰り返すプロセスそのものにあるのかもしれない。
▼ 参考記事:<「メタ認知」はするものなので、「メタ認知能力」という表現はおかしいんちゃうか?という疑問にはじまり、「メタ認知」の本質の再考に至った>(2025.07.04投稿)
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そして、その翌日、偶然、発見したのが、東京03 のコント「自慢話の話」。コレ、いいっ! かなり参考になるんちゃう?! と直感。コンテスト「#AIとやってみた」の投稿記事として、まとめてみた。
▼ 参考記事:<メタ認知能力UPのヒント満載?! 東京03「自慢話の話」から学ぶ>(2025.07.05投稿)
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AIは、このコントから、メタ認知能力UPのヒントをたくさん抽出してくれた。が、私が着目したのは、むしろ、“メタ認知につきまとう危うさ”だった。
それは、このコントには「メタ認知の入れ子?」「 エンドレスなスパイラル?」「メタ認知のワナ?」「メタ認知そのものをギャグにするという仕掛け?」 などがセリフだけではなく、非言語的コミュニケーションにも相当込められていると感じたことに起因する。
※AIは、文字情報のみで解析をしているので、そうしたポイントについての言及はしていない(言及しようがない)。
メタ認知につきまとう危うさ
「メタ認知につきまとう危うさ」の最たるものは、考えすぎてしまうということではないだろうか?
出来事や状況を客観視することや自己客観視をすることは、解像度の高低こそあれど、脳の仕組みからして誰もがさほど訓練せずともできるはず。
ところが、メタ認知は、そうそう、うまくできるものではない。ん? みなさんはできてる? なら、問題ありません。
が、私は、メタ認知が苦手なんです!
「自己対話のループ」がグルグル回ってこんがらがってしまいがちになるのです。
じぶんの認知活動(知覚、注意、記憶、学習、思考、感情、判断など)を客観的に把握・理解しようとするとき、『その捉え方、しょせん、じぶんの脳内の発想だから、客観的なようでいて実は客観の皮を被った主観なのでは?』といった疑問が生じて、『そんな、ややこしい疑問を持ったのは誰や?』という声が聞こえてきて、『そういう意地の悪い指摘をするオマエこそ誰や!』といった悪夢的スパイラルに陥ってしまうことが多々ある。
東京03のコント『自慢話の話』のなかで、部下(豊本)に正論を吐かれ、固まってしまった社長(角田)のように、思考がフリーズしてしまうのだ。
コントでは、もうひとりの部下(飯塚)が、『そういう複雑なやつはいいんだ。もっとオーソドックスなプレーンタイプの自慢話のときに言え』と仲介に入るが、豊本はさらなるツッコミを入れ、その矛先は飯塚にも向けられる。
飯塚は、豊本の指摘に立腹して逆襲のツッコミを入れる。といった、当事者たちはてんやわんやだが、端から見ると滑稽で笑えるやり取りが繰り広げられる。
そして終盤、ついに社長(角田)がブチギレてしまい、豊本に怒りをぶちまけはじめる。『おおーっ、オチはどうなるん?という不安(じゃないな、角田お得意のブッコワレ芸?で締めくくるのかなという期待)』を煽っておいて、『そんな醜い心までさらけ出せちゃうオレ、どう』というメタ認知的発言で締めくくるという、いや、ほんま、上出来のコントに仕上がっている。
笑いながら、私は、学んだ。
自己理解が深まるのは、あくまでも、そのプロセスから得られる結果なので、自己理解を深めることに過度に執着しないよう留意することが大切。
◆
「メタ認知UP」というテーマに限らず(生成AIにはできそうにない)、オリジナリティのある記事を書く、そのイチバンのキモは、じぶんのクオリア(感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感|広辞苑)を言語化できるかどうか、ということにあると思う。
特に「メタ認知」に関する記述には、かなり、四苦八苦するだろうけど、頑張って記事にまとめるつもりです。
*追記*
「メタ認知」について、改めて学び・考察してみた結果。「メタ認知能力UP」というテーマを「メタ認知習慣化」に変更することにしました。うん、こっちのほうが良い。スッキリ!
※注1:「メタ認知」とは元々は認知心理学の用語で、1976年に米国の心理学者ジョン・H・フラベル(John H. Flavell:1928年9月-)が定義した「メタ記憶」という概念が「メタ理解(理解を理解する)」→「メタ注意(注意に注意する)」→「メタ認知」へと発展した。
当初は教育学や脳科学の分野で使われていたが、近年になってビジネス分野でも注目されるようになった。なお、メタ認知という概念の起源は古代ギリシャの哲学者「ソクラテス(Socrates:紀元前470年頃 – 紀元前399年)」が提唱した“無知の知”だという解釈もある。
*補足|用語解説*
KEY WORD
客観視:
物事や状況を個人的な主観(先入観、感情、立場など)を排除して、ありのままに見ること。
自己客観視:
じぶんの言動の傾向や思考のパターンなどを、第三者的な視点から見直すこと。
メタ認知:
じぶんの認知活動(知覚、注意、記憶、学習、思考、感情、判断など)を客観的に把握・理解して、必要に応じてコントロール(調整)すること。
メタ思考:
メタ認知によって把握・理解した事項を異なる視点から俯瞰して問い直すこと(考えることについて考えること)。
*おまけ*
2025.07.05の投稿記事に埋め込んだ<『東京03「自慢話の話』>のYouTube動画、この記事にも埋め込んでおきます。
東京03 - 「自慢話の話」 / 『第19回東京03単独公演「自己泥酔」』より
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