3/12 ニュースなスペイン語 Desaparecido hace 41 años:41年前の行方不明者
バレンシア州で大型低気圧(DANA;dana)が発生し、甚大な被害が出たのが昨年10月末のことだった(詳しくは2024年11月1日の小欄を参照)。
大型低気圧が同州を襲った際、避難指示などの遅れを巡り、危機対処(gestión)の責任の所在を追求し、知事のカルロス・マソン(Carlos Mazón)の辞任(dimisión)を要求する大小様々なデモが、今もなお、行われている(2024年12月2日の小欄を参照;ちなみに、直近では3月1日に3万人規模のデモが開催されている)。
3月10日現在、犠牲者(víctimas mortales)の数は233名、そして、3名の行方が依然として分かっておらず(tres personas continúan desaparecidas)、亡くなられた方の冥福を祈ると共に、行方不明者の一刻も早い救出を祈りたい。
さて、行方不明者の捜索が続く中、41年前にすでに亡くなっていた男性がこの度、遺体で発見され、メディアの注目を集めている。
この男性はミゲル・モラレス(Miguel Morales)といい、生きていれば現在、72歳(ahora tendría 72 años)。
遺族によると、ミゲルはバレンシア州のクアル・ダ・プブレ(Quart de Poblet)地区に暮らしていて、1984年に妻と幼い娘ふたりを残し、失踪したという。
父には失踪癖があって2日とか、長い時では1か月ほどいなくなることもありましたが、いつも戻って来てたんです。あの時までは…。(中略)父は精神的な問題を抱えていて、私たちがまだ小さかった頃、何回かグラナダの精神病棟に入院していたこともありました。その時も突然いなくなったと思うと、また戻って来たりしてたんですけど(Tenía la costumbre de irse dos días o un mes pero siempre volvía, hasta que aquella vez no lo hizo (...) Él tenía problemas psiquiátricos, estuvo un par de veces ingresado en un centro psiquiátrico de Granada cuando éramos pequeñas, pero también se iba y luego volvía)。
こう語るのミゲルの失踪当時、まだ、幼子だった娘サラ(Sara)である。
最初、私たち遺族は、何かの間違いかと思っていたんです。災害の悲惨な状況下で大混乱があったから、身元データの取り違いがあったんじゃないかって(Pensamos que era una equivocación. Como había tanto revuelo por la fatídica situación de la dana, creímos que se trataba de un cruce de datos)。
サラは、昨年11月に治安警備隊(Guardia Civil)から、指紋によって(través de las huellas dactilares)遺体の身元が父ミゲルであると判明したとの知らせを受けた時の心境をこう語った。
結局、ミゲルは足取りが一切分からなくなって10年が経過した1994年、グラナダ地裁から法的には死亡したと認定された(Miguel Morales ya había sido dado por muerto por un juzgado de Granada en 1994, al cumplirse diez años de su desaparición sin rastro alguno de su paradero)。
ミゲルは法的には亡くなってはいたものの、実際はその後も生存していたことになるが、今回の惨事で名実ともに亡くなったことから、別の記事では「二度死亡した(murió dos veces)」男性とも紹介されている。
サラは父の遺体が発見されてホッとした(alivio por el hallazgo del cuerpo)けど、父親から晩年に何の説明も受けられなかったことが残念(lamenta no haber recibido una explicación por su parte)でならないとも語る。
後日、民生委員(funcionario de la seguridad social)から連絡があり、ミゲルが65歳の時に退職金の支払いができたはずだったが、申請は無かった(a los 65 años le hubiera correspondido una paga de jubilación, pero no la solicitó)と聞かされたそうだ。
銀行の残高に手を付けた形跡も無かったらしい(tampoco hubo movimientos bancarios)。
きっと父はここ数年、貧しくも何処かで生きてたんだろう、というのが私たちの仮説です(Nuestra hipótesis es que ha vivido como un indigente durante todos estos años)――。
写真は遺族が保管していたミゲルのパスポートの画像の一部。
サラはやっと家族の止まっていた歴史が動きだした(el libro de familia pasó página)と述べている。
母親も在りし日の夫との思い出に花を咲かせている(su madre rehízo su vida)という。
日本では14年前の昨日、東日本大震災で2万2228名が亡くなり、いまだ、2525名の行方が分からない状態。
残された者にとって、ミゲルのように無言の帰宅の親族・友人を迎え、つらい現実と直面するのも、もしや、どこかで生きているかもしれないという淡い期待を持ちながら日々帰りを待つのも、つらさは変わらない。
出典
https://www.rtve.es/noticias/20250307/hombre-desaparecido-victimas-dana-valencia/16480377.shtml
