「いってらっしゃーい」で送り出すということ
——社会的養護の現場で、帰りたい場所を育ててきた——
自立援助ホームで過ごしていた子が、数ヶ月後や何年か経って、
ふらっと「元気にしてるよ」と顔を出してくれる——。
現場にいたころ、私はそんな瞬間に何度も立ち会いました。
用事があるわけでも、相談があるわけでもない。
でも、なんとなく立ち寄ってくれる。
それが私にとっては、何よりもうれしい「ゴール」でした。
◆ 自立援助ホームは、もうひとつの“家”だった
私は長く、児童養護施設や自立援助ホームの現場で働いてきました。
自立援助ホームは、義務教育後の子どもたちが家庭でなく生活する場所です。
家庭ではないけれど、ただの「施設」でもない。
最初は「こんなとこ早く出たい」と言っていた子が、
少しずつ表情を緩めて、名前で呼び合い、「ただいま」と帰ってくるようになる。
そうやって時間をかけて関係が育ち、
やがて「帰りたい場所」と感じられるようになっていく——
そんな日々を、私は現場で何度も経験してきました。
◆ 「退所」でも「卒園」でもなく、「いってらっしゃーい」
多くの施設では、子どもがホームを出るとき、
「退所」や「卒園」、「自立」といった言葉を使います。
制度上も、「措置解除」という言葉が使われます。
確かに、行政手続きの上では支援対象から外れる区切りとなります。
けれど私は、そういった言葉を本人に向けては使いませんでした。
私が子どもにかけるのは、「いってらっしゃーい」ただそれだけです。
そして、お祝いのパーティのような「卒園イベント」もしません。
それはお別れではなく、新しい日常への通過点だからです。
終わりを強調するのではなく、「これからもつながっていていいんだよ」という関係を残したい。
その思いで送り出してきました。
◆ 「帰っていい場所」があることの力
制度上は措置解除されても、
人との関係が「解除」されるわけではありません。
支援の本当のゴールは、「自立」ではなく、
「また会いたくなったら帰れる」「顔出してもいいと思える」関係性を残すことだと、私は考えています。
退所後、たまたま近くに来たからと立ち寄ってくれる。
なにげない会話を交わして、
「じゃ、また」と言って帰っていく。
それは一見、ただの日常のようですが、
“社会的養護を経た子どもが、また戻れる場所がある”という事実が、人生を支える力になるのだと信じています。
◆ 今は現場を離れても、思いは変わらない
私は現在、施設の現場を退職し、社会的養護の全体支援や人材育成の仕事に携わっています。
それでも変わらないのは、「支援は関係であり、関係は続いていく」という姿勢です。
制度が終わっても、人との関係は終わりじゃない。
支援者と子どもは、支援する/される関係を越えて、
“人生のどこかでまた出会える関係”であるべきだと私は思います。
子どもたちにとって、
用事がなくても、困っていなくても、ふらっと帰ってこられる——
そんな“家のような場所”が、社会的養護の中にひとつでも増えていけばと、今も願っています。
