SKY STAGEで拾った周波数 さよならステイチューンとKAWAII LAB.、二つの「かわいい」を考えた
八年ぶりにTIFへ出かけた。
今回の目当てはPassCodeだった。彼女たちがTOKYO IDOL FESTIVALに出演するのは、2016年以来、十年ぶりだという。
私は十数年、ハッカーと呼ばれるPassCodeファンを続けている。ただ、ここ数年はライブへ頻繁に通っていたわけではない。新曲を聴き、公開された映像を見ながら、少し離れた場所から活動を追ってきた。在宅ファンに近い。
それでも、今回は現地で見なければならない気がした。
PassCodeは、なぜアイドルフェスから離れていたのか
私はこれまで、PassCodeはアイドルからアーティストへ転向するため、アイドルフェスに出なくなったのだと思っていた。
しかし、本人たちの話を読むと、そう単純ではない。
南菜生はBillboard JAPANのインタビューで、2016年頃まで出演していたアイドルフェスについて振り返っている。当時のPassCodeのライブではモッシュなどが起こり、次のグループを待つ観客と同じフロアで楽しみ方を両立させるのが難しかったという。
安全面などから普段通りのパフォーマンスができなければ、PassCodeのファンにも不満が残る。そこで彼女たちは、自分たちのライブを受け止めてもらいやすいバンドとの対バンやロックフェスへ、活動の軸を移していった。
アイドルであることを捨てたというより、PassCodeのライブが成立する場所を探した結果だったのだ。
PassCodeは2016年にメジャーデビューし、2026年に十周年を迎えた。そんな年に実現したTIF復帰だった。
2026年7月31日、彼女たちはバンドセットでHOT STAGEに立った。ライブ中、南菜生は十年前にはメインステージに戻ってこられるとは思っていなかったと話し、「今日やっと報われた気がする」と声を上げた。その様子はTIF2026のライブレポートにも残っている。
今回の出演を決めた直接の理由については、私が確認した範囲では詳しい公式説明を見つけられなかった。そのため、十周年を記念した帰還だったとまでは断定できない。
ただ、ロックの現場で積み上げた十年を持ってTIFへ帰ってきたこと自体に、大きな意味があったのは確かだろう。
そして、その姿を見届けるために私も八年ぶりにTIFへ戻った。
映像で知っていたライブを、身体で知り直す
見たかったのはPassCodeだけではない。
SITUASION、タイトル未定、INUWASI、きのホ。も、一度は生で見てみたいと思っていた。どのグループも、ネットに公開されたライブ映像は何度か見ている。
映像と現場の違いは、言葉にすると当たり前のことばかりだ。低音が腹に響く。風や日差しがある。メンバーの声が一瞬揺れる。観客がどこで息をのみ、どこで前へ出るのかも伝わってくる。
ところが、その当たり前がライブの印象を大きく変える。
映像では、カメラが見る場所を選んでくれる。歌っているメンバーの表情を抜き、フォーメーションが変われば全景へ切り替える。見せ場も分かりやすい。
現場では、自分で視線を決めなければならない。誰か一人を見ている間に、反対側で起きた動きを見逃すこともある。音のバランスも立つ場所によって変わる。見やすさでは映像に及ばないのに、ライブが終わったあと身体に残るものはずっと多い。
SITUASIONの緊張感も、タイトル未定の叙情も、INUWASIの強度も、きのホ。の生活感を帯びた躍動も、現場では映像より少し不安定で、そのぶん、ずっと生々しかった。
さらにTIFでは、見る予定のなかったグループにも出会う。
私にとって、その一組がさよならステイチューンだった。
SKY STAGEへ早く着いたら、知らない曲が流れてきた
TIF2026は、2026年7月31日から8月2日まで、お台場・青海周辺で開かれた。会場内にはいくつものステージがあり、移動には思った以上に時間がかかる。
なかでもSKY STAGEは、フジテレビ湾岸スタジオの屋上にある。見晴らしのよい名物ステージだが、入口からステージまでの移動や待機を考えると、直前に向かうのは少し怖い。
二日目の8月1日、私は時間に余裕を持ってSKY STAGEへ上がった。
この日のさよならステイチューンの出演は15時10分から15時25分までだった。公式アカウントが公開した当日の予定にも、その時間が記載されている。
とはいえ、この時点の私は、さよステを目当てにしていたわけではない。グループ名も曲も、ほとんど知らなかった。屋上に早く着いたので、遠くからステージを眺めていただけだ。
そこで流れてきた音が妙に耳に残った。
ベースがよく動き、ギターが細かく刻まれる。鍵盤やシンセには明るい光沢がある。どこか懐かしいのに、昔のアイドルソングをそのまま再現した感じでもない。私には、フィロソフィーのダンスにも通じるファンキーな気持ちよさが感じられた。
その一方で、ステージに立つメンバーの衣装や表情、振付は、ずいぶん王道アイドルらしい。この音楽と見た目の組み合わせが面白かった。
あとで調べると、さよステは「見た目は王道アイドル!楽曲はシティ派!」を掲げ、「ニューレトロ」をコンセプトに活動するグループだった。ディアステージの公式紹介によれば、2020年11月に結成された、ディアステージとパーフェクトミュージックの共同プロジェクト「#DSPM」発のユニットである。
なるほど、私が屋上で感じた違和感は、最初から狙ってつくられたものだったらしい。
帰宅して曲を聴いているうちに、もう一つ気になった。
さよステは、何度も「かわいい」を扱っている。ただし、そのかわいさは、いま広く知られているKAWAII LAB.のかわいさとは少し性質が違うように聞こえた。
KAWAII LAB.は、自分の中にあるかわいさを見つける
KAWAII LAB.は、アソビシステムが日本のアイドル文化を世界へ発信するために立ち上げたプロジェクトだ。「原宿から世界へ」を掲げ、FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE、SWEET STEADY、CUTIE STREETなどを送り出してきた。
総合プロデューサーを務める木村ミサは、1990年12月25日生まれの群馬県出身。『Zipper』などでモデルとして活動し、2014年から約三年間はアイドルグループ「むすびズム」のリーダーを務めた。その経験を生かし、2022年からKAWAII LAB.の総合プロデューサーを務めている。
木村はWIREDのインタビューで、「カワイイ」は受け取る人によって意味が変わる、変幻自在な言葉だと説明している。従来のイメージに固定されず、進化し続けるかわいさを表すために生まれたのが「NEW KAWAII」だった。
その考え方がよく表れているのが、FRUITS ZIPPER「わたしの一番かわいいところ」だ。
この曲では、自分でも気づいていなかった魅力を「君」が先に見つける。誰かの視線を通して、自分のかわいさを知っていく歌である。
木村はWWDJAPANのインタビューで、この曲をアイドルとファンが相思相愛になれるものにしたかったと話している。ファンが推しを紹介するために使えば、投稿された側も自信を持てる。ファン自身の推し活も肯定される。
ここでは、かわいいは一部の人だけが判定する資格ではない。誰かが見つけ、その人の言葉によって本人も気づく。さらに曲を踊ったり、動画へ使ったりする人が増えることで、かわいいの輪が広がっていく。
KAWAII LAB.の楽曲を聴いていると、かわいいはもともと自分の中にあり、まだ見つけられていないだけなのだと思えてくる。
「かわいいだけじゃだめですか?」は、実はかなり忙しい
CUTIE STREET「かわいいだけじゃだめですか?」も、無条件に「私はかわいい」と言い張るだけの曲ではない。
歌詞の主人公は遅刻しそうになり、急いでメイクをし、失敗もする。目立った取り柄がないと悩みながら、それでも自分の長所を磨こうとしている。
つまり、かわいくなるために、かなり忙しく動いている。
面白いのは、その努力が重苦しい修業として描かれていないことだ。ドジなところも、失敗したところも、短所を何とか使おうとしている姿も、最終的にはかわいさの中へ取り込まれていく。
タイトルだけを見れば、「かわいい以外に価値がなければだめなのか」と問いかける歌にも見える。だが、曲はそこで縮こまらない。別の能力を証明して許してもらうより、かわいいという価値そのものを大きく広げてしまう。
誰かを笑顔にすることも、自分を少し好きになるきっかけをつくることも、かわいいが持つ力なのだ。
KAWAII LAB.の楽曲では、努力している姿まで肯定へ変わっていく。
一方、さよステの曲には、努力してもなお残る不安がある。
さよステは「まだアイドルになりきれていない私」を歌う
「わたしって、ほんとはアイドルなんだ!」というタイトルは、よく考えると不思議だ。
アイドルであることを自分でも疑っていないなら、「ほんとは」と付ける必要はない。
普段の自分はアイドルに見えないかもしれない。まだ十分に知られていないし、自分でも完全には信じ切れていない。それでも、ステージに立っている間は自分を見てほしい。
そんなためらいが、「ほんとは」という短い言葉に入っているように思う。
同曲は浅野尚志が作詞、作曲、編曲を担当し、小比木民が振付を手がけた。クレジットは公式ライブ映像と配信ページで確認できる。
歌の主人公は、最初から完成されたアイドルではない。見てくれる人の存在を確かめながら、少しずつアイドルになっていく。
この点は、木村ミサのアイドル観とも重なる。木村はWIREDのインタビューで、応援する人が「あなたはアイドルだ」と思うことで、初めてアイドルという肩書きが与えられると話している。
ただし、同じようにファンの視線を扱っていても、曲から受ける印象は違う。
KAWAII LAB.では、ファンが本人の中にある魅力を見つける。さよステでは、ファンに見られることで、日常の人物がアイドルへ変わっていく。
前者は自分の中にあるものの発見であり、後者はステージ上での変身に近い。
変身だからこそ、魔法が解ける不安も残る。
さよステの「かわいい」は、周波数を合わせる作業に似ている
「TUNED!」では、恋する主人公がメイクや話し方を整えながら、相手との距離を測っている。
この曲では、恋愛がラジオのチューニングに重ねられている。自分と相手の周波数は最初から合っているわけではない。ダイヤルを動かし、ノイズの中から声を探さなければならない。
作詞はおかもとえみ、作曲・編曲は宮野弦士。クレジットはさよステ公式サイトと公式MVで確認できる。
さよステの曲に出てくる女の子は、服を選び、メイクをし、話す言葉を考える。衣装を着てステージへ出れば、普段とは違う表情もつくる。
それを「素の自分ではない」と片づけることもできる。
しかし、普段は言えない気持ちを、服や音楽の力を借りてようやく口にできたのなら、その姿も本人の一部ではないか。
さよステは、自然体だけを本物とは考えていないように見える。時間をかけてつくった姿にも、本音は宿る。
変わりたいと思う気持ちまで、否定しない
「誰もがふりむくキラキラした女の子」では、主人公が憧れの女の子を追いかける。地下鉄を乗り継ぎ、その子が訪れた店へ行き、理想の自分に近づこうとする。
作詞は安藤紗々、作曲・編曲は青木“sevon”ジュニア、振付は八木葉子。クレジットは制作会社ハートカンパニーの実績ページで確認できる。
ここに出てくる「キラキラした女の子」は、現在の自分というより、少し先にいる理想の自分だ。
「そのままでいい」と言われても、そのままの自分を好きになれない日はある。「他人と比べなくていい」と分かっていても、かわいい誰かを見て落ち込むこともある。変わらなくていいと言われるほど、変わりたい気持ちを否定されたように感じる夜もある。
さよステの曲は、その面倒な感情を置き去りにしない。
誰かに憧れてもいい。真似をしてもいい。少し背伸びをしてもいい。なりたい自分のふりを続けるうちに、それが自分の一部になることもある。
この感覚が、KAWAII LAB.との違いなのだと思う。
KAWAII LAB.は「あなたの中にも、すでにかわいいところがある」と歌う。さよステは「まだなれていない自分を嫌いにならなくていい」と歌う。
どちらも自己肯定ではあるが、立っている場所が少し違う。
「かわいい」と言い切る音楽と、かわいくなる場面を描く音楽
KAWAII LAB.の代表曲には、「かわいい」という言葉を正面から掲げたものが多い。
FRUITS ZIPPER「わたしの一番かわいいところ」、同じく「NEW KAWAII」、CUTIE STREET「かわいいだけじゃだめですか?」。どれも、かわいいを遠回しに表現せず、曲の中心で何度も言葉にする。
振付も、顔の周辺でつくるポーズや指差しなど、短い動画で切り取っても伝わりやすい。木村ミサは「わたしの一番かわいいところ」について、縦型動画に収まりやすい顔まわりの振付を意識し、ライブとは別に、ユーザーが真似しやすい振付も用意したとWWDJAPANで説明している。
観客は見るだけでなく、自分も同じ振付を踊れる。アイドルだけが画面の中央に立つのではなく、曲を使った人がそれぞれの動画で主人公になれる仕組みだ。
CANDY TUNE「倍倍FIGHT!」も、同じ思想の延長にある。
木村はBillboard JAPANの座談会で、メンバーがすでに十分頑張っていたため、「頑張れ」という言葉を使わず、自分たちが応援されていると感じられる曲にしたかったと語っている。
励ます側の都合で、さらに努力を要求しない。疲れている人を元気づけるときの距離感まで考えられている。
これに対して、さよステは「かわいい」と何度も言い切るより、かわいくなろうとする場面を描く。
メイクを整え、地下鉄で街へ出て、好きな相手を振り向かせようとする。夜が更けてから自分の時間が始まり、ステージではアイドルとして名乗る。
シティポップやファンクを取り入れた音が、夜景やラジオ、カフェやネオンを思わせる。少なくとも私には、昼の光より夜の街に似合う音楽として聞こえた。
KAWAII LAB.が、かわいいを多くの人と共有する音楽だとすれば、さよステは、誰にも言えなかった気持ちをラジオからそっと流す音楽なのかもしれない。
努力の先をどう描くか
もちろん、KAWAII LAB.にも努力はある。
「かわいいだけじゃだめですか?」の主人公はメイクをし、自分の長所を磨こうとしている。SWEET STEADYという名前にも、「かわいい(SWEET)」を集めた花束のようなメンバーが、さまざまな経験をしながら「着実に(STEADY)」成長してほしいという意味が込められている。
一方、さよステの曲にも自己肯定はある。理想の誰かに憧れることも、少し背伸びすることも、ファンに見つけてもらうことも、決して暗くは描かれていない。
違うのは、努力があるかどうかではない。努力している途中の自分を、どのように歌うかだ。
KAWAII LAB.の曲では、失敗や短所も含めて、最後は「それもかわいい」と肯定される。
さよステの曲では、まだ理想に届いていないという不安が残る。それでも、完成するまで隠れていなくていい。自信がないままステージに立ってもいい、と背中を押してくれる。
そのままの自分を好きになれる日には、KAWAII LAB.がよく似合う。
そのままではいたくない夜には、さよステを聴きたくなる。
優劣ではない。助けてくれるタイミングが違うのだ。
あの日、屋上で周波数が合った
TIF2026のSKY STAGEで、私はさよステを探していたわけではなかった。
別のライブを見るために早めに屋上へ行き、予定のない時間に遠くからステージを眺めていた。それでも、ファンキーで少し懐かしい音が耳に入ってきた。
グループ名も、曲名も、メンバーの名前も知らなかった。
だが、その場では確かに周波数が合った。
KAWAII LAB.は、かわいいを広く共有する。
さよステは、まだ言葉にできないかわいさを一人の夜へ送る。
同じ言葉を扱っていても、流れている番組は違う。
あの日、SKY STAGEへ早く着いた私は、たまたま知らない電波を拾った。
いまもその放送を、チャンネルを変えずに聴いている。
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