想っているだけでは不十分。想いを表現することが必要なんだと痛感
またしても記事投稿が随分ご無沙汰になってしまった。
その間、研修講師として色々と活動準備をしていたため、
こちらの方が手薄になってしまっていたからだ。
というのは言い訳であるが、
人間は常に自己正当化をしたがる生き物なんだとつくづく思う。
私の場合は、準備のためにあれこれ考えたりしていたので、
内省に労力をかけていたこと自体に自己満足してしまっていたようだ。
つまり、これだけ内省を一生懸命やっているのだから、
まあそれでいいのではないかと、
発信することに対して免罪符を与えてしまっていたのだ。
でも、現実は思っているだけではなにも動かない。
自分の頭の中でいくら構想していても、それを誰かに伝えなければ、
何も形にはならないし、ましてや動き出すこともないのだ。
そんな当たり前のことを私は、忘れていたようだ。
人間の全ての活動は全て、何らかの意思表示をすることで成立している。
頭の中の考えだけで、活動できることなど何一つない。
言語非言語問わず、何らかの意思表示をして、
想いを発信することでしか現実は動かない。
私は、このnoteという場は、
「想いを共有できる人達との大事な交流の場」
だと思っている。
そして、今まで多くの記事を投稿してきたのだが、
幸いにもそれを読み、誠実なコメントをしてくださる方達とも
出会うことができた。
だから私にとっては、とても大切な「サードプレイス」であり、
この交流を続けていきたいと思っている。
でも、そう思っているだけでは不十分なのだ。
その想いをきちんと言葉にして発信しないと、
それは相手には届けられないし交流はできない。
長く記事投稿がご無沙汰になってしまっていた状況は、
放置すればするほど再開するのに労力を要する。
「慣性の法則」はどうやら心にも適用されるようだ。
だからこそ、その惰性を解消するためにも、
兎にも角にも、想いを発信せねばならない。
そうしないとそのままズルズルとフェードアウトしていってしまいそうだという危機感に見舞われ、今回は何でもいいから発信せねばと思った次第だ。
いくら強い想いがあってもそれを伝えなければ現実は動かない。
例えば、食堂に行き、頭の中では「焼肉定食が食べたい」と強く思っていても、店員さんに「焼肉定食をください」と言わなければ、永遠にそれにありつくことはできないのと同じ。
だから、私はやりたいことは、ちゃんと言葉にして誰かに伝えていく。
これは、自分の生き方全てにおいて意識したいと思う。
なのでこれからも記事を定期的に発信し、読者の方達にとって
「サードプレイス」になれるような場にしていきたい。
