トルコライス再考
夏休みを利用して、長崎にいってきた。昨年は熊本を旅行し、とくに天草でキリシタン関係の場所を巡ってきたので、今年は長崎のキリシタン関連遺跡などを回ってみた。

長崎旅行には、キリシタン探求のほかに、もう一つ重要な目的があった。それが「トルコライス」を食べることである。実はこのJIME研究余滴の第1回は「トルコライス」をテーマにしており、その回では、長崎が発祥とされるトルコライスについて書いていながら、私自身、長崎でトルコライスを食べたことがなかったのである。実は、私の長崎訪問は2回目で、最初の訪問は2004年末であった。そのとき、はじめてトルコライスなるものが長崎にあることを知って、その発祥とされていたレストランの前を通りすぎたのに、なぜかそのときはトルコライスを試してみることをしなかったのだ。というわけで、今回は約20年ぶりの捲土重来となる。
さて、今回、私が訪ねたのは、長崎県長崎市油屋町2-47リバソンクレインビルにあるツル茶ん本店である。創業1925年とされ、100年の歴史を誇る九州最古の喫茶店といわれている。長崎の観光スポットの一つになっており、朝11時半まえには店に到着したのだが、その時点ですでに満席で席につくまでにはだいぶ待たされた。

店内の壁という壁には、この店を訪れた著名人のサイン色紙がところ狭しと貼られており、さすが有名店と感じられた。

で、下の画像はメニュー。私は「昔懐かしトルコライス」1780円也を注文、同行の妻は新メニューを謳った「ヴェリートルコ」を注文した。後者は、メニューには「トルコ風トルコライス」とあり、「友好120周年記念メニュー」とも書かれている。だが、友好120周年の意味がわからない。トルコと日本の国交樹立は1924年で、昨年2024年がちょうど100年に当たる。そのまえとなると、1890年のエルトゥールル号遭難事件が思いつくが、そこから120年だと、2010年ということになる。15年もまえにできた新メニューということだろうか?

私が注文した人気メニューの昔懐かしトルコライスだが、メインになっているのはとんかつで、カレー風味のソースがかかっていた。また、スパゲッティー・ナポリタンにピラフ、それにサラダがそえられている。まえにも書いたが、豚を穢れたものとして食べることを禁じているムスリム国である「トルコ」の名がついているにもかかわらず、豚肉のとんかつがメインになっているのは明らかにおかしい。他方、ピラフはぎりぎりトルコ料理だといっていいだろう。トルコ語ではピラーヴpilavといい、英語などのピラフはトルコ語から入ったものとされる。ただし、トルコ語のピラーヴはもともとペルシア語からきたもので、さらに元を辿るとインドにまで遡ることができるので、完全にトルコかというと微妙である。

ちなみに福沢諭吉が創刊した時事新報の家庭欄に「何にしよう子」というコーナーがあった。これは料理の献立を紹介するもので、1893年10月21日付の記事には「土耳古めし」という料理が紹介されている。レシピは簡単で米をチキンスープで炊いて、バターで炒めれば完成だ。要するに、ピラフである(詳細は検見崎聡美『福沢諭吉の「何にしようか」:100年目の晩ご飯』ワニマガジン社、2000年)。福沢がこのレシピを知っていたとは考えづらいので、おそらく、エルトゥールル号事件の取材で時事新報の記者としてトルコに送られた野田正太郎あたりが書いたか、入れ知恵した可能性もあろう(ちなみに野田はイスタンブルでイスラームに改宗しており、東洋大学の三沢教授によれば、日本人最初のムスリムだそうだ)。
したがって、とんかつはイスラーム法に反しているものの、ピラフはぎりぎりトルコなので、トルコライスの少なくとも一部を代表しているといっていい。ただし、残るナポリタンは戦後の横浜発祥なので、ますますややこしくなる。実際、トルコライスが誕生するのも1950年代だといわれているが、いつどこで生まれたのか、なぜトルコなのかといった点については諸説あって、はっきりしない(長崎ではなく関西発祥という説も有力)。
なお、妻が注文したヴェリートルコは、とんかつの代わりに牛ロースのステーキがのっている。ヴェリーとは英語のveryなのであろう。よりトルコ的ということだろうが、だったら、ヒツジかトリにすべきだったのではなかろうか。また、メニューにはトルコ風ピラフとあるが、昔懐かしのほうと比較しても、トルコ風には感じなかった。と思っていたら、メニューをよく見ると、「真正トルコライス」というのがあって、こちらはラム肉のステーキがのっているとのことだった。

ちなみにツル茶ん本店の店内に入ると、在京トルコ大使館のパネルが目に入る。トルコの名を冠した料理が長崎にあるということで、わざわざ大使館員が訪問したらしい。さすがにとんかつというわけにはいかず、長崎和牛が供されたという。

(保坂修司)
