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このところのわたしの文章は読みやすくなく読み手の方にもうしわけなく、行動を整理して対策をすすめたい

ありがとうございます

はじめに


 なぜかこのところ思考があちらこちらに飛びがちで安定しない。それがnote記事の文章にあらわれている。読みにくさをひとつの指標すると、それが散見するあたりからたしかにビュー数が停滞ぎみに。ちょうど昨春の生活が変わったあたりから。どうやらきもちの余裕がなくあたまが疲れているのかもしれない。

きょうはそんな話。

教室をとじて


 昨春、学習サポートの看板をおろしてまる1年。7年前に兼業の農業をやめたのにつづき、しごとをセーブしていく。あきらかに生活が変わった。時間を持て余すかと思ったが、逆にいそがしくなった。とくにこの2,3月は土日を含めてほぼ休みがなくはたらいた。

先週のある日。起きてそそくさと朝食を摂り、朝5時からしごとにとりかかり、夜9時までほぼ休みなく、昼食がままならないぐらいリモートのしごとがつづいた。学習サポートと遠方の大学の方との研究打ち合わせとそれらのあいまに資料づくり。

早朝の散歩(出勤前でも)などどこかに吹き飛んでしまった。朝のゴミ出しを忘れる。明確な休日がないので曜日の感覚が薄れ、あたまを休める余裕を失った。

調節の必要性


 ときは年度末。ここでいったんリセットしたほうがいい。みずからそう言い聞かせていったん力を抜くべく、大学のスタッフの先生に、春休み中は早朝から午前中だけ伺いますと申し出た。こうしていったんあまりに傾注しすぎた部分の修正を図ろうとこころみた。ところが世のなかそんなに甘くない。

学習をサポートしている学生さんたちが春休み中の昼間のアルバイトに邁進。仕送りに乏しいのでこのあいだに生活費や学費をすこしでも稼ぎたいらしい。それもやむを得ない。アルバイトのシフトはうつろぎやすいという。こうしてわたしの学生さんのサポートの時間がまちまちになり、ふたたび休日も夜間もなくなった。毎週安定しないスケジュールで心身ともに追いつかない。

どこかで調節を


 これはよくない。なにもかも後手になりがち。以前のわたしは曜日ごと、時間ごとに何をやればよいかがほぼ決まっていて、あたまに段取りを思い浮かべながらそれをこなすと捗るほう。いまはその真逆をやっている。修正を図らねばさまざま支障が出るのは必定。すでにその兆候は何度かのスケジュール忘れで証明済み。

行動の修正がなかなか図れないままだとわかる。noteの文章が乱れて読みづらい状況がなかなか改善しないのも道理。下書きを見直すはずなのに、文の乱れは客観視できないままの状況を如実にあらわしている。

さてどうしたものか


 もはや仕方がないので、しごとをしぼろうと即決。スケジュールに合わないものはいずれも丁重におことわりし始めた。強引だけどいつものペースをひきもどすつもりで、先週からそんなふうにやりはじめた。あらたなしごとがいくつか飛び込んできたが、その大部分は残念ながらやめにした。もはや無理。
 
あらたな人物との出会いや機会の消失にちがいないが、もうこれ以上は難しく手に負えない。余裕があるように見えてしまうのか、いろいろと話が舞い込んでくる。それをひとつずつ「殘念だけど⋯」とおことわり。そのうち声がかからなくなるかもしれない。

おわりに


 まわりの方々がわたしのことを気遣ってくださり、なにがしかやってくれそうだと声をかけてくださるにちがいない。とはいえ自分でやりたいこととのあいだで整理をせねば、いずれもやらずじまい、あるいはできないままになってしまう。

うごける時間はそんなに長くないし、やれることをしぼらないとひろげていくばかりはできない。よいものだけヒトに託して引き継いでもらえればいい。もうそんな段階にきている。

こう思えたからには、行動を整理して文の読みづらさを打破できるか。読者の方々にしばらくのちに気づいていただけるといいのだけれど…。


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