絵に額をあわせるように服をコーディネートできないでいる
(2023.8.21加筆)

はじめに
着るものにはむとんちゃくといっていい。古ぼけてきたら内側にかさね着するとか、油絵のえのぐをふきとるのにつかうとかリユースはするけれど。たとえばいつも黒っぽいくつ下は区別がつかないでよくみるとかたほうずつもようのちがうものをつけている。いわゆるむとんちゃく。
なぜ服の場合、絵に額をあわせるようにはいかないのだろう。わが身を客観視できていないのだろうか。
きょうはそんな話。
油絵のしあげは
ねっとりした油えのぐををのせおわり数か月のあいだ乾燥させて絵が完成する。ヒトにあげるときにはしあげのニスを上塗りして保護することも。こうするといま描いたばかりのようにみずみずしい。じゅうぶん乾いたころあいに額をあわせる。
すでにほとんどのてもちの額はヒトにゆずるかリサイクルショップにもっていくかしてごくわずかのこるにすぎない。そのうちのひとつはしかも手づくり品。。よくもまあ、四方の45°の角度を切り出せたもの。これってけっこうむずかしい。つたない道具での偶然の産物。いちばん描いていたころは公募展への出品にむけていくとおりかのおなじサイズの額をもっていた。
額をえらぶ
いくたびも描きなおせる絵とちがい、額は購入したときから入れられたダンボール箱にきずつけないようにふだんはだいじにしまう。てもちのなかから描いた絵にいちばんあうものをあわせていく。
たいてい、対象の絵でつかった色と額の色が合うとしっくりくる。これがバラバラだとぎこちない。ふしぎなもので相性があるのはまちがいない。描いた内容とのバランスもある程度かんがえる。てもちの額のかずがかぎられているので、いちばんましな選択にはなるがそれでも額よりも絵のほうがひきたつように選んでいくのはたのしい。
服をえらぶ
それに対して服やネクタイをえらぶのはむずかしい。なぜかじぶんのことなのに無難な選択になりがち。こういったときには同伴者もしくは店員の意見を聞ければよりさわしいものを見つけてもらえる。たいていじぶんでは思いつきもしない合わせかたをおしえてもらえる。そうして選んだネクタイはお気にいりとしてながく使える。
体格がわりと小柄でやせぎみなのでそんなに選べない。たいていもうすこしサイズちがいがあればいいのにと思う。そうなると究極の選択、より無難なほうへとながれていきがち。その結果てもちのものがてんでバラバラで、あわせ着しにくくなるのはとうぜん。
どうしたものだろう。じぶんのことになるといつもそうなりがち。センスのいいまわりのヒトをみならいたいのだが、サイズの点はいかんともしがたい。
ふしぎな世のなか
ところが時代はかわるもの。世のなかのヒトビトの需要もそうなのか。わりと安い衣類をあつかう店(もしくはサイト)がある。そこにはおなじデザインで色ちがいが豊富にある。サイズもそこそこあつかっている。これならばデザインに目をつぶればサイズの問題はほぼ解消する。とくにボトムのパンツについてはありがたい。これまでほとんど選びようがなかったから。
ほとんどの衣類がこうした全国どこにでもある系列店やフランチャイズの店で購入したものになりつつある。まあ、これはこれでしかたないか。おそらくあそこで買ったんだと気づくだろうし、歩く広告になっているだろうなと思う。
おわりに
なぜ絵の額の数は多くなくても合わせられるのに服はそうはいかないのだろう。鏡をもっと見たほうがいいのだろうか。客観視してどう見えるかを気にしない長年の性癖がこうした結果を産んでいるのはまちがいない。
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