にわにたたずむカエルを目にしてじぶんよりもはるかにすごい生きかただなと気づいた
はじめに
すこしまえのこと。ふと、にわに出るとちいさな茶色のカエルを見つけた。背のひくい草のかげにたたずんでいる。目をこらしてようやく気づく。なにをみつめているんだろう。
ヒト知れず生きている。わたしのうちの敷地のなかでこうしてすごして、いのちをつないでいるいきものたち。家のぬしに気づかれようがおかまいなし。
きょうはそんなはなし。
小川のふちで
わが家のよこには小川がながれている。きせつによって何びきかふちのあたりでゲコゲコないているカエルたち。季節がめぐるとこんどはおかにあがり、草かげや軒下にあらわれる。ぴょこんとはねて虫をつかまえ丸のみ。
それが食事。たまに縁のしたに住むらしいアオダイショウにねらわれる。どうやらカエルを好物としてねらっているらしい。
すべて家の敷地のなかのできごと。その家の主のわたしが関知していないところで日々こうした攻防をくりひろげているようだ。どれも見たわけではない。むしろわたしが毎日やっていることなどこうしたいきものたちには知る由もない。
あたりまえか。でもわたしのきまぐれでそこにいるいきものたちの居場所はほりかえされたり、なにかべつの植木が植わったり。ふだんの彼らのくらしをおびやかしかねない。
かえるの生き場所
毎年のようになきごえの聞こえてくる。場所もおなじ。かといっておなじかえるが何年もいるわけではないだろう。おなじわが家でいのちをつないできたか、はたまたよそからの転入組。
するとここはかえるたちにとってよい生息場所なんだろう。気に入ってくれてなぜかうれしい。かえるにとっていごこちがいい場所は、はたしてヒトにはどうなんだろう。
まわりのようす
このちいさな川にはいろいろな生きものたちがおとずれる。ことりたちのとおりみちでもあるらしく、さかんに集団で梅の木の枝のあたりをついばんで移動していく。大きなカラスやコサギも川のほとりにやってくる。かえるたちはそんな場所に息づいている。
それこそじぶんたちの身ひとつで生きている。それにくらべてわたしはどうだろう。風雨を避ける家なかで寝食できてぬくぬくとしている。ありとあらゆるものをたくさんかかえている。
この目のまえのかえるはすごいなあ。1ぴきで完結している。
おわりに
庭にでるとこうしてほぼかならずなんらかのいきものにでくわす。ハンミョウ、カマキリ、ヤモリやイナゴだったり。クモは巣をはってそのまんなかにじっとしている。
家族が赤外線カメラを設置して録画したものをながめていた。なかなかおもしろい。赤外線に感知される温かいからだをもったいきものがわたしもふくめてカメラの前を通過していくようすをとらえている。どれもカメラなどおかまいなし。たぬきやあなぐま。
そうしたいきものたちのようすから元気をもらえる。ヒトはうえに書いたように「重装備」に「守られ」ているから生きられないはずがない。つくづくそう思う。
