(ショートショート)道を選んで歩く
はじめに
サキさんは散歩を好む。きょうも家を出ると、こっちへ行こうとその場で選んでいく。ぜんぶ自分で選べる。仕事だって自分が選べて、したいように決めていければどんなにいいか…。
あかるい陽射し。せっかくだから日なたがひろがるところを選んで歩こう。
転身の結果
歩きはじめて3分ぐらいで呼吸がすこしだけはやくなるぐらいがちょうどいい。すると、ああ、今日は歩いたなと満足できる。かたわらの公園で小さなこどもたちが、滑り台を順番にあきることなくくりかえしている。
会社づとめをやってられないと自営業に転身したサキさん。自身の才覚でどうにでもなるはずとはじめたこの仕事。それでも顧客の希望を叶えるべく、譲歩してがまんの限度を超えないならばなるべく受けてやり遂げる。
こどもたちはこんどはぶらんこへ。ちょうど3つならんでこぎはじめた。まんなかの子はすこしゆっくり小さくこぐのが好きなよう。
なるべく交渉をくりかえして、やりやすいようにもっていき、状況しだいで仕事を断ってもいいはず。そうして選んだすべてのおこないの結果がみずからの身にふりかかる。覚悟は必要。だからこそやりがいがあるし、それに見合う報酬をいただけるんだ、と思うことにしている。
選ぶこと・決めること
住宅地の道はまるで毛細血管のよう。それだけ道を選べる。すべての細胞をそれぞれの家だとすると郵便や宅配で酸素や栄養分をくまなく届ける。
「自分がやりたくないことを人に変わってやるのが仕事」そう思うと気が楽になる。たんたんとマイペースでやればいい。
公園の外へ出て通りへ。はて、どうしよう。前を行く車の流れを見つつ小首をかしげつつ右に曲がる。歩道のきいろいぽつぽつタイルって何ていうんだろう。きっとちゃんとした名前があるだろう。ふと思うと、まわりの造作がすこしだけ気になった。
そうか、モノにはちゃんと名前がある。そうじゃないと仕事にならないだろうなあ。「あれ、注文しといて」とか「あの案件どうなった?」とかあいまいでも通じるときは以前の仕事ではあったけど。それってチームでおたがいに熟知している分にはいいけど、ひとり自営のわたしではまず使わない指示語。
ひとつひとつの名前
すこしだけ汗ばんできた肌にあたる風がここちよい。そよぐ木々もよろこんでいるようだ。それにしても街路樹きれいだなあ。この木はなんていうのかな。もう少し草木の名前を知ろうと思った。そうすると見えてくるものがもっとありそう。
モノの名前か…。しっかり呼び名を頭に浮かべつつ考える人と、あれとこれととやむくもに心に浮かぶ人、うん、それってたしかにちがう。
こうして歩くほうが、車でめぐるよりも街のようすや特徴をより詳しく知れるし、頭に残りやすい。たしかにそうだ。通りの名前だって知っておいたほうが頭の中で関連がわかり地図ができやすい。きっと車の運転をしやすくなるだろう。
海が見える
丘の一番高い場所までてくてくと上がってきた。スニーカーで来てよかった。ああ、やっと海が見えるところまで来た。きょうはこっちから上がってきたわけか。
あつ、そうか。わたしがやりたいほうからやればいいのか。受けた仕事だってそうかも知れない。自分が得意でやりたいとおもったところからつっついていけば、やる気がちがってくるかもしれない。だって顧客が求めるのは同じ結果だし、その過程ではないから。そうだ、きっとそうだ。
明日からそうしてみよう。サキさんは右手に海を見つつ家へ向かう道を足どり軽く背中を押されるように下っていった。
