うずらのひなを飼う こんな小さな生き物でもこちらを見てくれる
はじめに
こどものころ住んでいたアパートではさまざまな鳥を飼っていた。いっぺんにではなくさみだれ的に。なかでも母がもらってきたうずらのひなは印象深い。今日はそのお話を中心に。
鳥を飼うこと
いちばん長いあいだ接してきた動物は鳥だろう。団地のアパートでは犬猫などの比較的大きな生き物を飼うことはできず、小動物の小鳥や金魚を飼っていた。そんなに長くは生きておらず、よくて5年程度でいなくなってしまう。
とりかごのあるアパートの3階のベランダまでへびが上がってきて、かごの鳥という鳥が襲われたいへん驚いたことがあった。ヘビが垂直の壁をどうやって登ってこれるのか頭の中は疑問符だらけだった。
のちに郊外に住むようになり、ごくふつうにへびに出会うようになり、壁を登っていくアオダイショウを見て、なるほどと納得している。
いろいろな小鳥を飼った。ジュウシマツ、セキセイインコ、キンカチョウ、ブンチョウなどごくありふれた小鳥ばかりだ。それぞれ特徴があるがおなじセキセイインコでも性格にちがいがある。
おくびょうだったり、おこりっぽかったり。そしてつがいにするにも相性があるようで、なかむつまじくしていると引き合わせたこちらはほっとする。仲人をやったことはないがおそらくこんな気もちがどこかにうまれてくるのかもしれない。
キンカチョウでは
キンカチョウは好みの鳥だ。というのもこの鳥、明確に返事をしてくれる。こちらが朝、水かえの清掃作業をはじめるとピイピイ鳴きだす。おたがいに朝のあいさつだろうか。
じっと見ているとおたがいに鳴き交わしている。なにかしらのコミュニケーションをとっているのは確か。キンカチョウの場合にはふだんはほぼピイと鳴きかわす。そこでこどものわたしはキンカチョウにピイと話しかけてみた。
すると話しかけた相手は「ピイ」と小首をかしげつつ応えた。そのしぐさとともにほおのオレンジ色が愛らしい。もう一度こちらからピイ。すると「ピイ」。たちどころに返ってくる。
そのときどきによっておなじ「ピイ」でも「元気かい?」とか「まずまず。」、「青菜ちょうだい。」、「遊んで。」とかに聞こえてくるから不思議。
こんなにコミュニケーション好きな種類の鳥もめずらしい。
うずらのひな
さて、表題のうずら。デパート店員だった母は職場に多くの同僚がいた。するとさまざまな話が迷い込んでくる。なかでもうずらがたくさん生まれて困っているとの相談に応じて、さっそく数日後にはもらってくるという。
いくらなんでも・・・。すでにいろいろな鳥の世話をしてきた小学生のわたしは、その話を聞いたときには不安半分、うれしさ半分だった。
数日後、ひなたちはちいさなあなのたくさんあいた紙箱に入れられてわが家にきた。ちいさな箱だった。鳴き声が消え入りそう。さずがに小さな生き物が発しているとうなづける。
ふたを開けると、こげ茶の羽毛に覆われた文字どおりうずらの卵大の生き物が5羽。うずらの卵にかぼそい足が2本生えているぐらい。10の小さな目でこちらを見つめている。立ち上がるとけっこう足が長く見える。
小さな存在
そばで聞いてもそわそわとおたがいに小さく鳴いている。なにかすこし遠くで鳴いているかのよう。さすがにか弱い存在だ。育てられるかなあというのが最初の印象だった。くちばしも小さくえさやりからたいへん。
相手も慣れないのでうまく食べられない。そのうちコツがのみこめてくる。最初のうちは湯でふやかした粟つぶや、青菜を細かく細かくして魚粉などとともに練ってやっていた。食べっぷりは一人前。5羽いるのでどれにやって、やっていないのはどれか最初のうちはとまどった。
えさを食べ終わると眠くなるのか、皆で寄りあつまってかたまって寝ていた。習性かもしれない。
そしてたまに表に出してやると、うれしそうに走りまわる。つねにえさをやりつづけたわたしを親と思っているのか、ほとんどないにひとしいちょこんとした羽をひろげながらちょろちょろならんでわたしのあとを激しく転びながら毛玉のように追ってくる。
あまりにわたしの足元に近寄って来ようとするので、踏みつけないか心配なほど。それでも必死のようすでか細い足をめいっぱい回転させながらあとを追おうとする。
ほんとうに小さくか弱いが元気。さすがに大きくなってくると、それまでいた鳥とともに5羽の世話はたいへんなので、それぞれもらわれていった。それでもにわとりのひよこ程度のまだ幼さの残るぐらいの背格好だった。
おわりに
うずらのひなを飼えたのは新鮮な経験だった。小鳥といっても千差万別。ジュウシマツとセキセイインコは定番だが、あてがう巣の形状はちがう。ブンチョウも手乗りにしようと思えば世話のやり方が独特だ。
たまたまわが家のベランダに迷い鳥でスズメのひなが足をひきずり動けなず、やむなく一時期世話したことがあった。本来は、野鳥は飼えないがベランダにいる以上、仕方がない。かごにあきがなかったのでブンチョウといっしょのかごで足がよくなるあいだ2,3週間ほど世話した。
するとブンチョウと交互にえさやりをしていると、すずめのひなは-わたしはブンチョウ-と思ったのかもしれない。最初の警戒がやわらぎわたしの手の上でえさをついばむようになった。放つ前のころには指に留まりつつ、えさをとるまでになった。まさに「手乗りすずめ」。
そののちほかの種類の鳥のひなでおなじことができるかやってみたが手乗りにはできていない。手乗りにできたのはたまたまで、ある時期のひなにだけできるのかもしれない。
