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学習サポートを18年間やってきて:こどもたちが習いごとをつづけようとする隘路とは


はじめに

 学習サポートの裏ばなしです。学校とちがい、こうした一般でいう「習いごと」の場を児童や生徒は選べますし、気に入らないならばかえられます。一年をつうじてこどもたちの出入りがあるのがふつうです。わたしの主宰する場も例外ではありません。

あっ、この子、もしかしたらそろそろ…と思っているとほぼやめてしまう。そのカンはあたります。その理由はわりと明確で、ひとことでいうと「相性」です。教える側と教わる側の関係です。

しかし、なかにはどうしてやめるのだろうかとこちらが首をかしげたくなるこどもがいます。今回はこうした児童や生徒に焦点をあてます。

つづける姿から見えるもの

 例としてはそう多くないのですが、学習サポートの場を立ち上げて数年間は児童や生徒を見送りながら「???。」とあたまのなかを疑問符だらけにしていました。

数年後のことです。ある保護者の方が面談で「ほかの習いごとは長くつづかないのに、ここはやめないでつづいてます。」と話されました。わたしも「どうしてでしょうね。」といっしょに考えましたが、ひとりひとりに通いつづけようとする理由はいろいろあると思います。

なかにはご家庭がごたごたしていて落ち着いて学習できないので、こちらに向かうのかもしれないというご家庭がありました。また、ある生徒はひとりっ子で、ひとりでは進まない勉強が何人か同級生のいるここでははかどると言っていました。

ひとり努力する生徒たち

 さて、べつの例で話を進めましょう。

入り口でひと息ついてから入ってくる生徒がいました。「お願いします。」と自分に気合を入れてから教室に入ってきます。

きもちを一新させてがんばるぞと奮い立たせているのでしょう。そうしなさいなどとこちらから指導していません。わたしは生徒たちに強いることはきらいで、「自分で考えよう・決めよう」が口ぐせなぐらいです。

生徒たちの外でみせるようすをひとつひとつ知り、涙ぐましいなあとおもい、より生徒たちひとりひとりがいとおしくなりました。こちらもがんばるきもちになりますし、生徒たちの期待にこたえなくてはと身がひきしまります。

こうしたつづけようと努力する生徒たちがヒントをくれて、この逆につづかなくなるときとはこういうことではないかと思いあたりました。


つづかなくなるときとは

 ここをおとずれる生徒たちは親、先生、おとなたちに受け入れてもらいたい、みとめてもらいたいきもちに溢れているんだと感じます。

それに対して、あるちょっとしたここでの失敗(成績や宿題のことが多いです)で、生徒自身が先生(つまりわたし)の期待にこたえられないと感じ、その場にいられないと自分から身を引く、やめてしまう。これはきっとわたしには言いずらいことでしょう。

とても繊細な生徒たちですし、それを先生にうまく伝えられないもどかしさや残念なきもちのまま、ここを去るのだと思います。


おわりに

 理由はほかにもさまざまだと思います。その多くは教える側のわたしにあるでしょう。ふだんからとくにこちらからつづけるようにしむけるなどはたらきかけするわけでもなく、自然体で接するようにしています。

期待を重荷にさせないほうがこどもたちが接しやすいと考えます。ただし、なにかこうしてほしいとこどもが態度でうったえているときには、こちらが察してそれとなくアドバイスをするようにしました。最初のひと押しだけですが。

ひとりひとりへの対応が必要とこのところ思います。


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