こころおだやかに なごませてもらえるわが家のまわりのえさをやらない生きものたち
はじめに
この世のなか。わたしたちはまわりとかかわりつつ生きている。日々いろいろあるがこうした生きものたちのようすをみてほっとさせてもらえる。おかげでなごまされてほっこり。
昨今の状況がつづき基本は家のなかにとじこもる生活。ぽつんと家族だけでいると思いがち。まわりにはおなじく日々をすごすものたちがいる。窓のそとをながめるとさまざま息づかいが聞こえる。
どれぐらいいるだろう。いっしょにすごしているじゃないか。そうしたホッとさせてくれるものたちのごく一部を紹介しよう。
やっと撮れた
以前記事にしたクワクワガラスと名づけたカラス。すでに十数年来、この集落にいる。
カァカァ~ではなくあきらかにくゎ~くゎ~と鳴き、ああ、きょうも来たと気づく。そんなにコセコセするなよと声をかけられているよう。
しかもちょうどいいぐらいの間隔で聞く。そのたびにおだやかになれる。ガラスごしにようやく撮れた一枚。

最近おなじみ
こちらはにわに小あなをあけまくる。アナグマ。まるまっちぃ。まどごしにころころもふもふしてそうでよたりよたり。ほぼつねに鼻先で地面をほりながらつきすすむ。

もうちょっとまわりを注意したほうがよさそうとこちらが気になるほど。一心不乱とはこんなようすかな。何を食べているのかいつも思う。庭にこんなにつきうごかされるたべものがあるんだなあ。
おなかが大きい。


めったに見ないが…
ひょっこり登場するものも。すぐ上で紹介したいきものが、ああ、また来たのねと思っていると、いやちがった。うりんこだった。それぞれべつの子のようだが、たまに親とはなれて庭に迷いこむ。
くびから腹にかけてのもようがいのししの子だぞーと主張している。

山のふもとの家なので、そちらからおりてきて登場したのはあきらか、とおもいたいところ。ちがったようす。舗装された道をとぼとぼあるいて隣家にむかった。
大家さんちの
職場の学習サポート。大家さん家のはなれを間借りしている。
この日、仕事場に来て窓のそと。あれっなんだろうと思った。草とりでもされていたのだろう。ちゃっかりそこを占拠しておさまっている。ここまできっちりはいっているとさぞかしおちつくのだろう。でもなにを見ているのかな。視線のさきが気になる。

べつの。見透かされているよう。つねに視線を感じる。どうしてもジジと呼びたくなる。いつも「そこへ入れてくれるのがとうぜんよねぇ。」といいたげ。店子としてここを借りている身なので入れてやれない。えさをやらずして庭先でなごませてもらう。

年に一度の…
こちらもおなじみさん。つねに長旅をくりかえしているようす。うちの玄関先をなかまと競いあう。よっぽどまわりにえさがあるのか、それとも住人がいつもせかせかとそばをとおるのにあんしんして居場所にするのか。このところアオダイショウがねらっているのに。
どっちにしろ丁重に、「やあ、ことしもやってきたのね、どうぞ。」と迎えている。

ほかにも
庭にでるとさまざまいる。とうぜん彼らのすみかになっている。こうした日々気づかないうちに訪れてすごす生きものたちもいる。
苦手な方がいるかもしれない。閲覧注意。



おわりに
なんか、これだけまわりにいるとさびしいとか言ってられない。ほぼまいにち何かしらなごませてもらっている。いそがしいあいまだけど、こちらが気づきさえすれば、こころ休まるしぐさでざわづきを沈めてもらえる。
