無意識のうちに頬にあたるここちよい風をさがしていた
はじめに
昨今の状況下、家から出ることと行ったらしごとにでかけることをのぞけば、玄関から一歩出て郵便受けから郵便物を取り出すぐらい。それほど外出しないでこもってすごす。
さて、その際に玄関先で感じる海風のここちよさはこのうえない。こうしたそよ風はそのまま思い出のなかでもふいていて、心地よい印象をのこす。それとあいまって、そのここちよさを自分がもとめている、好んでいるとようやく気づいた。
風のある場所
中学には南の校門から出てぐるっと時計と反対まわりにひとめぐりし坂をかけあがると、高圧送電線の鉄塔のある小さな丘があった。工場地帯に必要な電力を送るための大がかりな設備。その丘に立ち見あげるとすぐに首が痛くなるほど。
そこはさまざまなドラマのくりひろげられたところ。告白の場所であり、けんかでよびだし果たしあいの場でもあった。ここに来てほしいの合図は、相手がだれであれなにかしら胸さわぎの起こることを予感させた。
そんなかずかずの想いのつまった場所。卒業写真にこの場所で撮影したクラスが多い。バックには学校のグラウンドと校舎が一望でき、その背後には工場地帯をかかえる街がけむる。
こんなに思い出にふさわしい場所は学校のまわりにそう多くない。ここではつねに風がどちらからか吹いていた。ここへ一気にダッシュして走りのぼるなど思いつく先輩は気がきいていた。各種のトレーニングで汗をかいてほてるからだにここを吹きぬける風はほんとうにきもちいいものだった。
電線でむすばれるさき
この鉄塔の北には電線づたいに目をむけるとつぎの鉄塔のたつ。そこも小高い丘のうえにある。わたしが暮らす町内からとなり町へのさかい。
ここは小学生当時、この丘にたどりつくとそこからさきへ下ることはなかった。校区のいちばんのはし、ここから先はべつの小学校の校区。当時は知り合いもなく、その町へはべつ経路で母といっしょに日常の買い物の荷物もちで向かうぐらい。
坂をのぼりつめ、うしろをふりむくとふだん自分が住んでいる場所が小さく見えていた。その右手のさきには中学校が見えた。いずれこの坂をくだったさきに住む小学生たちといっしょに進学する場所。まだ未知の世界といっていい。
中学にかよう先輩たちはまだ背のちいさな小学生のわたしにとっては、おとなとさほどちがいなく見えた。ここであそんでいるとむこうの丘の中学校からはよくサッカー部だろうか、なにかの野太いかけごえが北から吹く風に乗って聞こえてきた。
海の見える畑
時代はとんでおとなになり農作業にいそしんでいた頃。まだ10年経っていない。農作業のほとんどは地道な作業が多い。たいてい地面をみつめつつ作業する。一区画たがやしおわるとひとやすみする。この畑は山からの尾根づたいの台地のいちばんはし。
そのむこうにねこの額ほどのたいらなところが小学校。そのさきは海。早朝にはそちらの方向から日がのぼる。夜あけまえの作業で一段落するころ、ようやく海のほうから陽がかおをだす。
それといっしょに朝はやくから海風がふくときには天候がこれからわるくなることが多かった。日がたかくなり昼まえにおだやかにふくときにはそうでもない。玉ねぎをぬいたまま乾かしてもだいじょうぶだよと風が教えてくれた。
おわりに
風について書き記していくときりがない。今後も書くかもしれない。いずれの風もそこで起きたたのしいできごとと結びついて、よい印象しかのこっていない。昇華されたのかもしれない。
おだやかな風はへやのなかに入れたい。いまも海からふく風を窓からまねきいれている。
